
富野由悠季氏といえば、代表作として知られる『機動戦士ガンダム』(1979年)をはじめ、昭和のロボットアニメ全盛期にリアルな戦場描写や人間ドラマを作中に描いて話題を呼んだクリエイターだ。
『ガンダム』以外にも『無敵超人ザンボット3』(1977年)、『伝説巨神イデオン』(1980年)、『聖戦士ダンバイン』(1983年)などのテレビシリーズの監督を担当。物語が進むにつれて敵だけでなく、味方の主要人物まで次々と散っていく展開から「皆殺しの富野」とも呼ばれた。
また、『機動戦士Zガンダム』(1985年)では最後に主人公の精神が壊れ、『海のトリトン』(1972年)では実はトリトン族のほうが悪だったという善悪逆転が描かれるなど、最終回の衝撃展開で多くの視聴者にトラウマを植えつけている。
そんなアニメ監督として名高い富野氏は、さまざまなアニメ作品に呼ばれ、数話の演出を担当していた時期もあった。業界では「さすらいのコンテマン」と呼ばれた富野氏が手がけた、神演出の衝撃回を紹介しよう。
※本記事には各作品の内容を含みます。
■幼児の残虐性と向き合うショッキングなエピソード(昆虫物語 みなしごハッチ)
1970年から放送された『昆虫物語 みなしごハッチ』は、ミツバチ王国の王子・ハッチが生き別れた母親を探して旅をする物語。タツノコプロが制作した「メルヘンアニメシリーズ」のひとつで、絵本のような美しい色彩と優しいタッチで虫たちの冒険が描かれている。
その作品に富野氏(当時は富野喜幸の名義)は数話だけ演出として参加。中でも第58話「父の星・母の星」のエピソードは富野演出回として、その衝撃的な内容が話題を呼んだ。
ある夜、ショウジョウバエの仲良し家族が「死んだら星になるんだよ」と話しているのを、寂しそうに聞いていたハッチ。ところが翌日、ショウジョウバエの息子・ピートは、両親がシオヤアブに殺されてしまったとハッチの前で泣き崩れる。
ピートを追ってきたシオヤアブの大群から逃れるため、ふたりは海の断崖にあった小さな洞窟に突入する。天井には星が瞬き、思わずピートは「パパとママの星だ」と喜ぶが、その正体は粘着糸のワナをしかけていた発光キノコバエの幼虫だった。
一計を講じたハッチは、追ってきたシオヤアブの群れを粘着糸のある場所まで誘導。糸に絡まって動けなくなったシオヤアブたちは、キノコバエの幼虫にそのまま捕食されてしまう。
生きながら食べられていくシオヤアブの断末魔に、耳を塞いで目を背けるハッチ。だがピートは「パパやママを殺したコイツらを見ててやるんだ!」と叫び、その場を離れようと勧めるハッチの言うことを聞かない。
カッと見開いた目で「死ね! みんな死んじゃえ!」と絶叫したピートの表情はあまりにも恐ろしい。自然の過酷さだけでなく、幼い子どもが秘めた残虐性まで赤裸々に描いた、胸が痛くなるようなトラウマ回だった。