
『週刊少年ジャンプ』の作品には、主人公や仲間たちの成長や勝利を軸に据えながら、敵側の心理や信念までも緻密に描き込むことで、単純な善悪を超えた物語の厚みを生み出している作品が多い。こうした構造で描かれた作品では、読者が敵に対しても感情移入し、時には「敵の方を応援したくなる」ほどの感情を抱かせることもある。
そうした魅力的な敵役は、時に主人公たち以上に存在感を放つこともあるのだ。
※本記事には各作品の内容を含みます
■正義を貫く姿がカッコイイ『ONE PIECE』ハンニャバル
尾田栄一郎氏の『ONE PIECE』のインペルダウン編では、ルフィがエース救出のために監獄へ乗り込む。普段は奔放で軽やかな行動が目立つルフィも、この時ばかりは兄エースを救うため一歩も譲らず突き進んでいた。
LV3へ突入しようとしたルフィの前に立ちふさがるのは監獄の副署長であるハンニャバル。いつもおちゃらけた態度を見せる彼だが、職務と信念をかけて本気で立ちはだかった。
ルフィは「どかねェならぶっ飛ばしていくぞ!!!」と宣言するが、簡単に倒されては副署長の面目が立たない。ハンニャバルは薙刀を手に応戦し、ギア2・JET銃乱打(ガトリング)の直撃を受けてもなお、正義感で立ち上がる。
格上であるルフィによってボロボロにされながらも、決して退こうとしないハンニャバル。「か弱き人々にご安心頂く為に 凶悪な犯罪者達を閉じ込めておく ここは地獄の大砦!!!」「それが破れちゃこの世は恐怖のどん底じゃろうがィ!!!」 という名言とともに命がけでその場を死守しようとする彼の姿は、敵でありながら読者の胸を打ったのである。
■夢破れた過去が切ない…『僕のヒーローアカデミア』ジェントル・クリミナル
堀越耕平氏による『僕のヒーローアカデミア』の「デクVSジェントル・クリミナル」でも似た構造が描かれている。
文化祭当日、ステージ小道具の買い出しに向かったデクは、雄英高校への潜入動画を撮ろうとしていたジェントル・クリミナルとラブラバに遭遇。動画サイトで話題のヴィランだと気づいたデクは、少しでも異変が起きれば文化祭が中止になってしまうと考えて阻止に動く。
一方ジェントルも、触れたものに弾性を与える個性「弾性(エラスティシティ)」でデクの行く手を阻む。どこかコミカルで憎めない印象のあったジェントルが、この場面では「歴史に名を残す」という夢と信念のために本気で戦い、デクは仲間の笑顔を守るために全力を尽くす。
実はジェントルはかつてヒーローを目指していたが、個性の使い方を誤ったために人に大怪我を負わせてしまい、それが原因で夢や家族など何もかもを失ったという過去の持ち主。いわば「ヒーローになれなかった者」のなれの果てであり、デクも一歩間違っていればそうなっていたかもしれない存在だった。
戦いを通じてそうした背景が明かされることで、読者は彼の行動の根にある切実さを知り、単なる悪役を超えた共感を覚える。強い絆で結ばれた相棒ラブラバとの関係性がていねいに描かれているのも相まって、敵でありながら人間味あふれるキャラだった。