
集英社の少女漫画雑誌『りぼん』は、2025年の今年、創刊70周年を迎えた。数多くの有名漫画家を輩出してきた雑誌だが、中でも緻密かつ華麗な絵柄とドラマチックなストーリーで一時代を築いた漫画家といえば、一条ゆかり氏が挙げられる。
一条氏の代表作として『砂の城』や『有閑倶楽部』といった作品が広く知られているが、過去には数多くの短編ストーリーも手掛けてきた。短い話でありながら波乱に満ちた内容は、まさに一条作品の真骨頂であり、今、読んでも夢中になってしまう。
そこで今回は、一条氏が手がけた名作短編について振り返っていきたい。
※本記事には各作品の内容を含みます
■これぞ昭和の悲恋…余命わずかな美女を愛した絵描き青年『失せしわが愛』
まずは、貧しい絵描き青年の悲恋を描いた『失せしわが愛』を紹介したい。本作は1972年に『りぼん』に掲載された、昭和のノスタルジックな雰囲気が漂う名作である。
物語の舞台は、10月のパリ。主人公は、アンジーという貧しい絵描き青年である。
ある日、彼の元にジョルジュと名乗る美女が訪ねて来て、自分の肖像画を描いてほしいと頼む。ジョルジュに一目惚れをしたアンジーは彼女のもとに足しげく通うが、彼女にはいつも悲壮感が漂っていた。
実はジョルジュは年上の男性と不倫関係にあるうえ、心臓が悪く、余命いくばくもないという状況であった。それを知ったアンジーは、自分の気持ちは報われないと悟りながらも、溢れる愛を込めてジョルジュの肖像画を描く。
そして絵が完成すると、ジョルジュは安心したかのように、アンジーの腕の中で静かに息絶えるのであった。
愛した女性は不治の病に冒され、妻子ある男性の愛人であり、そして自身の腕の中で最期を迎えてしまうという悲恋。そんな彼女に対し、最後にありったけの愛をこめてキスをするジョルジュの姿が切ない。
まさに昭和によく見られた王道的な要素が目いっぱい詰まった作品であり、一条作品ならではの壮絶な愛が凝縮された一作である。
■年上美女へ憧れるサーファー少年の恋心を描いた『恋唄姫』
『恋唄姫』は、1984年の『りぼんオリジナル 夏の号』に掲載された読み切り作品だ。
主人公は、海沿いの田舎町で毎日サーフィンを楽しむ15歳の少年・クリス。彼はある日、自分の“理想の女性”を体現したかのような金髪美女・イブと出会う。都会から来た彼女は、この田舎町のバーで歌う歌手だった。
その後、クリスは年齢を偽ってイブが歌うバーに通い詰め、徐々に仲良くなっていく。だが、ある夜、酔っぱらいがイブに絡んだことをきっかけに店で騒動が発生。どさくさに紛れて逃げた2人はその夜関係を持ち、クリスはイブに“この町から一緒に逃げよう”と提案し、彼女もそれを受け入れた。
だが、再びクリスがイブの元へ向かうと、そこには“さようなら”と書かれた水着だけが残っていた。
“青少年の明るい未来をつぶしちゃいけない”という考えのもと、クリスの前から黙って去って行ったイブ。憧れの女性との恋は、こうして切ない別れを迎えてしまった。
しかし、この物語にはクリスのことを一途に思い続ける赤毛でそばかすの少女・ヴィッキーも登場する。最後は泣き続けるクリスをずっと慰め続けるのだが、朝日に照らされたヴィッキーの顔がいつもより美しく見えた……というラストで締めくくられている。
本作は年上女性に憧れる少年の繊細な心情を見事に表現しつつ、“本当に大切な人は実は身近にいる”、“女の子はいつだって綺麗になれる”、そんな一条氏からのメッセージも読み取れる作品だ。