
9月12日から公開される映画『ベートーヴェン捏造』。本作はかげはら史帆氏による歴史ノンフィクション『ベートーヴェン捏造 名プロデューサーは嘘をつく』に基づいたもので、後世に語り継がれる“ベートーヴェン像”が秘書・シンドラーによる捏造だった、という衝撃のスキャンダルを描いている。
偉大で崇高な作曲家として知られるルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンが、実は“下品で小汚いおじさん”だった──という本作の触れ込みに、いささかショックを受けた人も多いだろう。しかしそんな“意外な素顔”を持つ偉大な作曲家は、何もベートーヴェンだけではない。
後世に語り継がれる有名作曲家もひとりの人間なんだな……。そんな風に身近に感じてしまう(かもしれない)、クラシック音楽家たちのぶっ飛びエピソードを紹介していこう。
※記事内で紹介しているエピソードに関しては諸説あります
■下品なワードが大好きだったモーツァルト
ベートーヴェンと並ぶ有名な作曲家といえば、やはりヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトだろう。『アイネ・クライネ・ナハトムジーク』や『トルコ行進曲』といった代表曲で知られ、誰もが一度は彼の音楽を耳にしたことがあるはずだ。35年という短い生涯で600曲以上もの作品を残し、“神童”や“天才”の代名詞的存在としても知られる。
そんな彼の素顔を語る上で欠かせないのは、なんと“下ネタ”というワード。実は彼、その美しく優雅な作品の数々からは想像もつかないかもしれないが、下品な話を好む“変態”的な一面を持っていたのだ。
『俺の尻をなめろ(Leck mich im Arsch)』というタイトルの曲を書き残したのも有名な話だが、これはドイツ語で「消え失せろ」的な意味を持つスラングでもある。下品な言葉であるのは変わりないものの、まあ擁護の余地はある。
しかし、彼は「お尻」だの「クソ」だの「ウンチ」だのといった言葉を散りばめた手紙を書いており、それらが後世にしっかり残ってしまっているため、もうお手上げである。しかも、中にはラブレターまである。嬉々とした調子で下品なワードが書き連ねられており、これがあの美しい名曲の数々を生み出したのと同じ手で書かれたとは信じたくないほどだ。
とはいえ、人間離れしたイメージがあるモーツァルトにこんな意外な一面があると知ると、音楽の教科書に載っているかしこまった肖像画も、可愛らしく思えてくるのではないだろうか。
■思い込みが激しすぎるベルリオーズ
恋愛面のいざこざは定番エピソードのひとつだが、中でも特にぶっ飛んでいるのが、フランスの作曲家エクトル・ベルリオーズだ。ベルリオーズは一般的には知名度の高い作曲家ではないものの、大胆かつ斬新な作風で時代を牽引した、音楽史上重要な人物である。
特に有名なのは『幻想交響曲』という作品で、これは彼の熱烈な片想いと失恋経験に基づく「標題音楽(簡単に言えば、物語を音で表現する器楽曲)」。妄想や幻覚といった要素も絡みあう熱狂的な愛の音楽は、聴いているだけでくらくらするほどである。物語の内容も相当にエグいので、興味がある人はぜひ一度調べてみてほしい。
さて、そんな音楽を生み出したベルリオーズは恋多き男であり、おまけに思い込むと一直線なところがあった。それがもっともわかりやすい形であらわれているのが、婚約者だったカミーユ・モークとのエピソードだ。
カミーユとベルリオーズは結婚する約束をしていたが、彼女の母親の意向で、ある日婚約破棄されてしまう。おまけに別の男性と結婚するという報告を聞かされ、ベルリオーズは激怒。復讐のためカミーユとその母親、そして結婚相手を殺害した後みずからも命を断とうと決意する。ここまではよくある話かもしれない。しかし、その作戦の一環としてベルリオーズが選んだのは、なんと“女装”だった。
理由は怪しまれず近付くためだろうが、それにしても普通に変装とかあったはずだ。しかしベルリオーズはあくまでも女装にこだわり、実際に衣装まで購入している。さらに、途中でうっかりその服を置き忘れてしまった際には、何軒も店を回って作り直させている徹底ぶりだ。
その謎のこだわりのために回り道をした結果、途中で我に返って計画を取りやめることにもなったのだが……。もし実現していたらと考えると恐ろしい一方、未遂で終わっているのでシュールさに笑えるエピソードである。