情報戦の落とし穴、勝利への過信、エース沢北の「個」への固執…『SLAM DUNK』絶対王者・山王工業が湘北に敗れた「3つの理由」の画像
『THE FIRST SLAM DUNK』(C)I.T.PLANNING,INC.(C)2022 THE FIRST SLAM DUNK Film Partners

 井上雄彦氏が手がけたバスケットボール漫画の金字塔『SLAM DUNK』。連載終了から約29年が経った今も、色褪せない魅力を放つ不朽の名作である。

 本作において、絶対王者・山王工業高校が主人公・桜木花道が属する湘北高校に敗れた一戦は、読者にとって最大級の衝撃であった。全国制覇が確実視されていた常勝軍団が、全国大会初出場の無名校に足元をすくわれる。この大番狂わせは、湘北の驚異的な快進撃だけでなく、山王側が抱えていた「ほころび」によりもたらされたものでもあるだろう。

 今回は、あえて山王目線からその敗因を3つに整理し、なぜ“最強”が敗れたのかを探っていきたい。

 

※本記事には作品の内容を含みます

 

■湘北への情報不足と分析の限界

 まず、大きな敗因として挙げられるのは「湘北に関する情報不足」である。

 山王は全国大会の常連であり、常に他校から徹底的に研究され、対策を練られる側の存在だ。作中、湘北の安西監督も、その情報をもとに寝る間を惜しんで戦術を練り続けていた姿が印象的だった。

 対して湘北は「神奈川の無名校」だ。しかも、インターハイ直前にようやくスターティングメンバー(スタメン)が揃った超・急造チームであり、事前に集められる情報は圧倒的に少なかったはずだ。

 もちろん、山王がなんの対策を取らなかったわけではない。豊玉高校戦をスタメン全員が揃って観戦し、OBを招集して「仮想・湘北」として練習試合を組み、さらには選手たち自ら“もっとビデオを見たい”と言い出すほど、むしろ過剰なくらいに準備していた。

 だが、その“未知のチーム”に対しての入念な準備こそが、彼らを「データに基づいた湘北」という枠に縛り付ける結果となったのではないだろうか。

 そのギャップを象徴する存在が桜木だ。スカウティング映像の彼は、完全にバスケ初心者にしか見えず、山王の選手たちが“なぜこの桜木がスタメンなのか”と首をかしげるのも当然だった。

 しかし実際のところ桜木は、短期間で急成長を遂げ、驚異的なリバウンド力に加え、インターハイ出場決定後に習得したミドルレンジシュートまで武器にしていた。そして皮肉にも、そのノーマークだったミドルシュートこそが、決勝点を生んでしまう。

 湘北を軽視したわけではない。むしろ研究し尽くそうとしたからこそ、桜木のような“想定外の成長”を最後まで掴みきれなかったのである。ここに、王者山王が陥った情報不足という落とし穴があった。

■堂本監督の采配と“勝利への確信”

 第2に注目したいのは、作中ナレーションの「この試合で 負けるなどとは みじんも思っていない 山王・堂本監督」に集約される「堂本監督の“勝利への確信”」である。

 現3年生が入部して以来、公式戦で一度も負けていないという圧倒的な実績が、時に油断と判断の遅れを生んでいた。

 たとえば、前半早々における河田美紀男の投入である。彼の将来性を見越した起用自体は理解できるものの、しかし、全国大会の初戦、それもリードを許す展開で送り出すのは明らかに湘北を軽視していた証拠だろう。

 本来であれば、この試合でもその後20点差以上をつける場面があったのだから、そのタイミングで経験を積ませるほうが、美紀男本人にとっても、湘北に精神的なダメージを与える上でも、効果的だったはずだ。

 また、堂本監督はスタメンへの信頼が厚すぎるあまり、試合中の対応が後手に回る場面も見られた。

 三井寿が3Pを連発した場面でも、流川楓が沢北栄治と互角に渡り合い始めた場面でも、大きな戦術変更は見られなかった。結果論ではあるが、一之倉聡を再投入して三井を封じたり、攻撃力のある深津一成や松本稔で攻撃を組み立て直したりなど、打てる手はあったはずである。

 唯一、桜木に河田雅史をつけた采配は早かったが、その交代要員として再び美紀男を起用してしまうなど、最後まで完全に優位な試合運びを取り戻すことはできなかった。

 常勝チームは確立された“勝ちパターン”を信じるがゆえに、敗北を前提とした戦術を想定していないことが多い。だからこそ、想定外の事態が連続した湘北戦において打開策を見いだせず、じわじわと追い詰められていったのである。

  1. 1
  2. 2
  3. 3