
1994年に初めて放送された脚本・三谷幸喜さんによる『古畑任三郎』シリーズは、いまだに根強い人気を誇っている。
その理由のひとつが、日本の推理ドラマでは珍しい「倒叙式(犯人が最初からわかっている形式)」をとっていることだろう。これはアメリカのドラマ『刑事コロンボ』でおなじみの形式だが、当時放送されていた刑事ドラマの中ではかなり異彩を放つ存在であった。
また、主演の田村正和さんのあまり刑事っぽくない演技も面白く、巧みな話術で犯人を追い詰めていく過程にはハラハラドキドキさせられた。
そんな本作だが、もちろん毎回同じようなパターンで終わるわけではない。中には、定番から外れた回も存在するのだ。そこで今回は、『古畑任三郎』シリーズのレアな形で終幕を迎えてしまった事件を振り返っていきたい。
※本記事には作品の内容を含みます
■事件を未然に防いだ「再会(古い友人に会う)」
最初に紹介したいのが、津川雅彦さんが登場する「再会(古い友人に会う)」だ。この回は、古畑が友人である小説家・安斎亨の別荘を訪れるところから始まる。
そこで古畑は安斎と数字当てゲームをしながら、昔を懐かしんで会話を弾ませる。そんな時に安斎の妻・香織と編集者の斎藤秀樹が抱き合っている姿を窓越しに目撃。驚く古畑に対して、安斎は不倫を知っているようで平然とした様子だった。
その後の会話から、安斎が香織を殺そうとしているように思える。しかし、古畑はいくつかのヒントを見逃さず、真実を見抜いてしまう。安斎が自ら命を絶った上で、妻によって殺されたように偽装しようとしていることを……。
古畑が暴いた計画の内容はこうだ。安斎が手に布を巻き、硝煙反応が出ないようにピストルで自殺した後、落ちた布を犬がくわえてどこかに持ち去る。その後に香織の部屋から硝煙反応のついたショールが見つかり、香織に安斎を殺した容疑がかかるというものだ。
そのために落ちた布を拾う訓練をさせていたので、犬は今泉慎太郎が落としたパンツまでくわえていってしまった。それが古畑へのヒントになったのだ。
全てを見抜かれた安斎はなす術なし……といった様子で、観念してしまう。これから起こる事件を未然に防いでしまったのはこれが初めてである。暗転部で古畑も「本当は最終回に持ってこようと思っていた」と話しているくらいなので、かなりレアな回だったと思う。
■まさかの推理ミス?「動機の鑑定」
次に紹介したいのが、古畑が推理を間違えた事件だ。それが「動機の鑑定」で、犯人である古物商の主人を澤村藤十郎さんが演じた回である。
この事件の鍵となるのは「慶長の壺」と呼ばれる貴重な骨董品で、殺害の凶器としても使われた。陶芸家の川北百漢はその「慶長の壺」の贋作を作り、それを主人たちに渡したために殺されてしまう。
そして、主人は共犯者の美術館館長・永井薫とアリバイ工作をして罪を逃れようとしていた。しかし、それを古畑によって崩されそうになると、永井は自首を考え始める。すると主人は慌てて、偽物と本物の「慶長の壺」が並ぶ中、本物を手に取り永井を殴って殺害した。永井に川北殺しの罪を被ってもらうためである。
そんな主人を古畑は疑い、これまでの主人の言動や死体が残した痕跡から、主人を犯人と断定。ここまでの古畑の推理は完璧だったが、最後に少しだけ間違った推理をしてしまう。それは、主人の審美眼が衰えていたから、永井を間違って本物の壺で殴ったと勘違いしたことだ。
しかし主人は最後に、あえて本物の壺で殴ったと告白している。これには古畑も驚いた。「どうしてあえてそんなことを?」と思った視聴者も多かったはずだ。
実は、主人にとって壺の価値はどうでも良かった。彼にとって本物の「慶長の壺」はただの古い壺に過ぎず、現代最高の名匠である川北が自分を陥れるために焼いた壺のほうが大事だったというのだ。ひょっとしたら古畑は先入観で主人を下に見ていた面もあるのかもしれない。そんな彼のおごりを指摘されるような結末となっていた。