■人魚を通じて語られる環境問題や愛
前述の『輝夜姫』に引き続き、1988年から『LaLa』(白泉社)で連載された『月の子 MOON CHILD』(全13巻)は、アンデルセン童話『人魚姫』をモチーフとした作品である。
物語の舞台は1985年のニューヨーク。売れないダンサーのアート・ガイルは、自身の車の事故に巻き込み記憶を失った美しい少年・ジミーとの共同生活を始める。だが実は、ジミーの正体は地球に“産卵”の目的でやってきた「人魚族」であった。人魚だった記憶を失ってはいたが、将来は女性化して卵を産む宿命を背負っていたのだ。
宇宙から来た人魚姫、夜のニューヨークを泳ぐ巨大な魚、同じ顔をした3人の少年たち、頭痛を引き起こす魔物、建物に潜むゴーストなど、美しい絵柄で描かれる摩訶不思議な世界観は圧巻。人魚と人間の愛というおとぎ話を踏襲しながら、ミステリーとサスペンスに満ちた物語が展開されていく。
また、本作では環境問題も大きなテーマとして描かれている。ジミーとは別の人魚族の成魚(大人)ショナは、400光年離れた惑星アスガルドから故郷である地球に帰ると決心する。旅立つときは14世紀後半の美しい自然と生命にあふれていた地球。だが、数百年経って宇宙から戻ってみると汚染されており、ショナは「たかだか数百年の間に」と愕然とするのである。
豊かさを渇望した人類は地球を汚染し、わずか数十年で多くの生き物を絶滅に追いやった。物語中盤から1986年に発生した未曽有の原発事故「チェルノブイリ原子力発電所」が大きくかかわるが、宇宙から来た人魚視点で人類に警鐘を鳴らしていたのが印象的だ。
美しくも緻密な絵柄と練り上げられた物語で多くのタブーを描き、社会問題にまで鋭く切り込む清水氏。
2017年に出演した『漫勉』では、あれほどの画力と名作を得ていながら「ただうまくなりたい」「頭に浮かんだことを全部描けるようになりたい」と語っていた。
物語に織り込まれた醜くも美しい“人間”の姿は、清水氏自身のこうした飽くなき“渇望”から生みだされているのかもしれない。