■同人誌とは思えない豪華本に感激
この頃はまだ同人誌専門の印刷所ではなく、普通の印刷屋さんで本を製作していた時代です。表紙も色紙に黒一色刷りで、ページ数が少ない薄い本が主流でした。同人誌の印刷に対応していても、今のように少部数で凝った装丁が楽しめるオンデマンド印刷など当然ありません。豪華な本を作るには、相当な大部数を刷るしかないのです。
ところが、なかには商業誌と見間違えるようなフルカラーの表紙で、厚みのある立派な同人誌が何冊も販売されていました。それも折り込みポスターつきです。
おもに『機動戦士ガンダム』や『銀河旋風ブライガー』の本で、浪花愛さんやひたか良さんといったプロの漫画家の方も執筆されていると知ったときは、素直に「すごい!」と驚きました。
とはいえ『週刊少年ジャンプ』が170円だった時代に、1000円以上もする豪華な同人誌を購入するのは当時の中学生にとって熟考が必要でした。しかし、通信販売で買うには送料が発生しますし、同人誌を取り扱う書店など、ないに等しかった状況です。ここで逃したら二度と出会えない……まさに同人誌は“一期一会”の存在だったのです。
そこで妥協案としては、できるだけ分厚く、ミニピンナップやポストカードがオマケにつく本を優先的に購入することにしました。
そうこうしているうちに来場者は増え続け、もはや朝のラッシュ時の満員電車以上の混雑具合に。当時のコミケは列の整理や入場制限などなかったのか、気がつくと人波とサークルの机の間に挟まれて身動きがとれないほどでした。
怖さと痛さでパニック状態だった中学生を見かねたサークルの女性が自スペースの机を斜めに曲げて、避難させてくれたことを覚えています。あのときはありがとうございました、ブライガーのお姉さん。
■昭和コミケのコスプレ事情
コミケといえば「コスプレ」も熱気あるコンテンツとして有名です。このときの「コミケ20」にもアニメキャラになりきった人は見かけましたが、当時はまだ「コスプレ」という言葉はなく、現在とは勝手も違います。
まず、コスプレを楽しむ人の多くがサークル参加だったようです。場内の配置図には更衣室は書かれていなかったので、着替える場所やコスプレ用の荷物を考えると致し方ないと思います。ですが階段脇で着替えていた猛者を見かけましたし、ロボット(おそらくゴッドマーズ?)や軍服、特撮の変身ポーズをしている人もいました。
当時は「聖子ちゃんカット(※初期の松田聖子さんの髪形)」の女性が多く、聖子ちゃんカットをしたフラウ・ボウやセイラさんの衣装を着た人を見かけました。
ちなみに男性キャラに扮した女性も聖子ちゃんカットだったりするので、今のようにキャラになりきるというよりは、好きなキャラの衣装を身につけるという感覚だったのかもしれません。
また、この頃は「ネコ耳」が流行ったこともあり、男女ともに普段着、コスプレ、ミリタリー姿を問わずネコ耳をつけた方を何人も見かけました。
近年コミケでのコスプレは指定された区域で楽しみますが、この頃は同人誌もコスプレも同じ会場で共存。それこそ“闇鍋”のようなゴッタ煮感でしたが、その楽しそうな雰囲気に魅了された私は「いつか自分も!」と心に誓ったのでした。
■コミケの定番アイテムがなかった時代
もうひとつ、コミケを象徴するアイテムとして「コミケカタログ」があります。この冊子には参加サークルの情報や配置が記載され、イベントでの注意事項なども書かれています。自分の好きなジャンルやサークルの場所を見つけるための情報が詰まっており、別名「宝の地図」とも称されました。
ところが、自分が初参加した「コミケ20」にはコミケカタログが存在せず、そのかわりに両面印刷された大きな紙がありました。表面に「一般参加者へのお願い」と、ジャンル分けされた「配置図」が掲載され、裏面には「サークルリストと配置番号」が記載されていました。
これらはすべて手書き文字のうえ、サークルリストがジャンル分けされていないので見づらかったのですが、この1枚の紙に夢が詰まっていたのです。
ちなみに同年の夏に開催された「コミックマーケット21」からコミケカタログが登場。そのときは中綴じの薄い冊子でしたが情報が整理され、かなり使いやすくなっていました。
このように初参加したのは晴海で行われたコミケでしたが、1996年から有明の東京国際展示場(東京ビッグサイト)に移動となります。ですが、やはり私にとって晴海会場はたくさんの初めての思い出が詰まった場所。いまだに「晴海」の字を目にするだけで、当時のドキドキした感情が蘇ってくるのです。


