■ディオ・ブランドー~コンプレックスから生まれた過剰な上昇志向~

 「真に怖いのは弱さを攻撃に変えた者なのだ」という荒木氏の考えは、『ジョジョ』の始まりとなる第1部「ファントムブラッド」にもにじみ出ている。特に、第1部のラスボスであるディオ・ブランドーは、まさに「心の弱さを攻撃に変えた者」のひとりだ。

 のちにジョースター家と長い因縁を結ぶことになるディオは、上昇志向が非常に強い人物として描かれている。原作第1話で、人知れず「だれにも負けない男になるッ!」と心に誓ったディオは、ジョースター家の莫大な財産を独占しようと暗躍する。

 義兄弟のジョナサン・ジョースターを痛めつけたり、養父の毒殺を企てたり、目的のためなら手段を一切選ばないディオ。しまいには「石仮面」を着けて吸血鬼になってしまうわけだが、人間をやめてまで頂点をめざした彼のモチベーションはなんだったのだろうか。

 ディオは華やかなジョースター家とは縁遠い家族のもとに生まれた。飲んだくれて家族に暴力を振るってばかりの父親、ダリオ・ブランドーに育てられ、母親をダリオの横暴によって失っている。ろくでなしの父親をディオは深く憎み、計画的に毒殺したほどだ。

 最悪としか言いようのない自身の家庭や父親に対して、ディオが強烈なコンプレックスを抱いたことは想像に難くない。ディオの有名なセリフ「酒! 飲まずにいられないッ!」を言った原作第9話でも、酒を飲んで苛立ちを抑える行為を「あのクズのような父親と同じことをしている」と自己嫌悪していた。

 「だれにも負けない男になるッ!」という誓いの裏側には、憎い父親、ひいては忌むべき生まれと決別したい気持ちがあったのではないだろうか。それこそがディオがひたすら上をめざすモチベーションであり、過去を受け入れられない心の弱さの裏返しなのだと筆者は思う。

 こう書くと、ひどい境遇で育ったディオがかわいそうな奴に見えてくるかもしれない。だが、環境がどうであろうと、ジョナサンらジョースター家へのおこないは明らかにやりすぎだ。ロバート・E・O・スピードワゴンが「生まれついての悪」と言っていた通りである。

 

 『ジョジョ』のラスボスが抱える心の弱さについて考えてきた。ケレン味あふれるキャラクター性や凶悪な能力で読者を圧倒する彼らだが、その心理は実はちっぽけなもので、私たちが共感できてしまう部分すらあるように思う。

 その人間味こそが『ジョジョ』のラスボスの魅力であり、「ただ強いだけの敵」に留まらず、何十年と語り継がれる悪役たらしめているのだろう。

 今回は取り上げられなかったが、第6部のプッチ神父など、心に弱さを抱えていると思われる『ジョジョ』の敵はまだまだいる。彼らがどんな弱さを持ち、武器にしているか、考えてみるのも『ジョジョ』の楽しみ方ではないだろうか。

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