『ドールハウス』矢口史靖「あなたが正しかったと伝えたい」 篠田正浩監督にステージ上で怒られたあの日の画像
矢口史靖 撮影/有坂政晴

 長澤まさみ主演のミステリー映画『ドールハウス』がいよいよ公開される。本作を手掛けた矢口史靖監督は、『ウォーターボーイズ』や『スウィングガールズ』など、初期からヒット作の監督として知られるが、その始まりは、自主映画の映画祭ぴあフィルムフェスティバルでグランプリを受賞したことだった。そんな監督の映画を撮り始めた大学時代の極貧生活や、フェスティバル受賞式の裏話などを聞いた。 

【第2回/全2回】

――監督は東京造形大学時代から映画を撮られていますが、大学時代は、極貧生活を送っていたと伺っています。パンの耳を食べていたとか。 

矢口史靖(以下、矢口) パンの耳だけじゃないです。ちゃんと中身も食べてましたよ。ただ1日3食を300円でと決めていたので、食パン1枚を朝トーストにして、昼は納豆挟んで、夕飯も同じみたいな感じでした。贅沢したい日は、お昼に学食のカレーだけで済ますとか。その頃は超痩せてたらしいです。自分は覚えてないけど。住んでいたのは家賃5000円のところでした。 

――5000円! 

矢口 農機具なんかをしまうほっ建て小屋に住んでました。とりあえず映画さえ撮れればよかったので。 

――多くの監督を輩出してきた自主映画の映画祭「ぴあフィルムフェスティバル(通称PFF)」で、グランプリを受賞することになった『雨女』を、在学中に作り上げました。製作途中の骨折&入院を乗り越えての完成でしたが、入院期間は、製作に影響しましたか? 

矢口 雨がずっと降りっぱなしの映画を撮ってたんですよね。8ミリで。雨の日に電柱にのぼって8ミリを回していたら、ひもが切れて高いところから落ちちゃって、手と足を骨折して入院することになっちゃった。入院している最中、時間だけはたっぷりあって「この映画、どうやってオチをつけよう」と考えるうちに「そうだ! この後は、晴れ編にしよう」となって。はっきり2つに分ける構成にしようと入院中に思いついたんです。そこから退院した後、晴れ編を撮って、自主映画なのに結局2年半かかってぴあに出しました。まあ、グランプリを獲れたので、無駄じゃなかったですね。

■PFF受賞式でうけた、まさかの一喝

――そのPFFですが、受賞式の際に審査委員長の篠田正浩監督から少々叱られたというのは本当ですか? 

※篠田正浩監督:代表作に『写楽』『瀬戸内ムーンライト・セレナーデ』ほか。2025年3月25日94歳で亡くなった。 

矢口 本当です(笑)。当時バカだったんで。「これだけやったんだから、選ばれて当然だ」みたいな生意気なことを言ったんですよ。そしたら篠田監督から「君は、社会性を身につけないと撮り続けられないよ」と受賞式のステージ上で怒られたんです。 

――まっすぐな苦言ですね(笑)。 

矢口 そのときは「何言ってんだ」と思ったんですけど、自信がないからそんな態度を取っていたんだと思います。本数を重ねて、ちゃんとお客さんの心をキャッチできる瞬間を体験すると、無駄に自分を大きく見せようとしたり、「俺はただ者じゃないぞ」感を出したりするのは意味がないことも分かってくる。 

 お客さんが映画を楽しむ状態を作れるなら、外からはどんなにアホに見えても手段を選ばず、“作品の中で”やるべきだと思うようになりました。ひょっとしたらそれが社会性なのかもしれませんが、そこに気が付いて、そこそこ丸くなったなとは思います。 

――その後、篠田監督とお会いする機会は。 

矢口 なかったんですよね。 

――グランプリに選ばれて以降、たくさんの人気作品を撮って、新作『ドールハウス』も公開されます。観てもらいたかったですね。 

矢口 そうですね。「あなたの言ったことが正しかったです」と伝えたかったですね。 

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