■巧妙すぎて予想できなかった裏切り
光月おでんの部下である「赤鞘九人男」に名を連ねるワノ国出身の侍「カン十郎」。ドレスローザ編から登場した彼は、麦わらの一味にも協力した錦えもんの仲間である。
しかし、実はカン十郎の姓は「黒炭」であり、敵側である黒炭オロチが送り込んだスパイだった。
黒炭家は、かつてワノ国の大名を殺した罪により取り潰しになった家名。先祖が犯した罪により黒炭姓というだけで迫害の対象となり、カン十郎の両親は大衆演劇の舞台上で民衆に殺害されるという悲劇が起こる。
完全に心を喪失したカン十郎は、両親の仇を討ったという黒炭オロチから、「光月」の部下として生きるスパイになることを命じられた。
それに応じたカン十郎は、光月おでんと出会った時点からオロチの命令通り、スパイとして接触。しかし、やっかいなのはオロチ側に情報を流す以外、カン十郎は光月の忠実な部下を完ぺきに演じきった点にある。
ほかの赤鞘とともに死をも厭わぬ覚悟すら、もともと死に場所を求めていたカン十郎にとってウソではなく、それゆえ誰一人として彼の裏切りには気づけなかった。
こうしたカン十郎の緻密な演技は、彼の「フデフデの実」の能力にまで反映される。描いた絵を実体化させる効果のある能力だが、スパイとして潜伏中はわざと下手な絵を描き、裏切り発覚後は高速かつ精度の高い絵を描いてみせた。
そして菊の丞、そして錦えもんとの対決を経て、カン十郎は最期を迎えるのだが、舞台の幕引きを錦えもんに託すなど、苦楽をともにした者に対する情らしきものを見せた。ずっと何者かを演じ続けてきたカン十郎だが、最後の最後で本心を語ったのかもしれない。
『ワンピース』に登場した裏切り者の側にも、さまざまな事情や背景が存在する。その内情を知ってしまうと、同情せざるを得ないケースも少なくない。今のところ黒ひげにはまったく同情の余地は見当たらないが、彼があそこまで「悪魔の実」や「夢」に執着する理由について明かされたとき、読者の見方は変わるのだろうか。