
1975年から『花とゆめ』(白泉社)で連載が始まった美内すずえ氏による『ガラスの仮面』。未完の名作として知られる本作は、演劇の天才少女・北島マヤと、その永遠のライバル・姫川亜弓が、伝説の舞台『紅天女』の主役を巡って戦う物語である。
しかし、そもそも『紅天女』とは何なのだろうか。もうすぐ生誕50年を迎える本作だが、『紅天女』という舞台の名前はなんとコミックス1巻から登場しており、約50年ものあいだ本作の核を握っている。
今回はそんな『紅天女』について、あらためてどういった作品なのか振り返っていきたい。
※本記事には作品の内容を含みます
■『紅天女』とは仏師と梅の木の精との恋物語
まず、『紅天女』はどのような舞台なのか。物語の詳細は、紅天女のふるさと・梅の谷にてマヤの師匠である月影千草が再演し、明らかとなっている。
『紅天女』は、室町時代を舞台に運命的な愛を描いた作品だ。物語の主役は、天下平安を祈願するための究極の天女像を彫ることに生涯を捧げた孤独な仏師・一真(いっしん)と、彼が探し求めた梅の木の精・阿古夜(あこや)の、許されざる悲恋である。
一真は帝の命令により天女像を彫るよう命令され、“千年の梅の木を探しその木で彫ればまこと天女の魂のこもる像が彫れる”という導きのもと、紅谷という場所に迷い込むも記憶を失う。そこで美しい梅の木の精である阿古夜と出会い、2人は深い愛で結ばれるのだ。
しかし、戦がきっかけで記憶を取り戻した一真は、千年の梅の木から天女像を彫ることを使命とし、斧で梅の木を倒すことを決断する。しかしそこに待っていたのは、梅の木に宿る姫神の化身・阿古夜だった。
どちらかが命を奪われるという究極の場面……だが、最終的に2人がどのような運命を辿ったかは未だ明らかとなっていない。再演の際、千草はマヤ、もしくは亜弓が演じることになる『新・紅天女』で、それぞれがどう演じるかを考えなさいと課題を残したのだ。
そして『紅天女』の最後は、流浪を続ける僧侶となった一真が助けを求める人々に対し、念仏の代わりに像を彫り続け、人々の苦しみを癒し救済の光を灯したが、その後、彼の行方は誰も知らない……という結末で終わっている。
■『紅天女』を巡る男女の悲恋…月影千草と大都芸能との因縁もここからはじまった
この『紅天女』を創作したのは、伝説的な劇作家である尾崎一蓮だ。『紅天女』は一蓮に認められた若かりし頃の千草によって演じられ、その天才的な演技で3カ月という異例のロングランを続けた。
しかし1人の男の登場によって雲行きが怪しくなる。それがマヤの愛する速水真澄の義理の父親、速水英介の存在だ。
英介は千草が演じる紅天女に夢中になり、足しげく舞台に通った。何としてでもこの舞台を自分のものにしたいと考えた英介は、財力を駆使して影響力を広げ、最終的に一蓮率いる劇団「月光座」を買収する。
自分の理想とする舞台を上演できなくなった一蓮は絶望し、千草に『紅天女』の上演権を残すと、自ら命を絶ってしまうのだ。
そもそも一蓮は孤児だった千草を救い、親代わりとなり彼女を育て、女優としても指導してくれた男性だ。千草にとってはまさに命の恩人であり、初めて彼女が愛した男性でもある。一蓮と千草がはじめて結ばれたシーンでは『ガラスの仮面』史上、初めて男女の深い関係が描写され、とても美しく印象深いシーンだった。しかしそんな素晴らしい時間を過ごした翌朝に、一蓮は命を絶ってしまうのだ。
一蓮を死に追いやったのは紛れもなく英介、そして大都芸能であった。この痛ましい出来事以降、千草は大都芸能に対し激しい怒りを抱えることになる。
『紅天女』は『ガラスの仮面』の物語の核である千草と大都芸能との関係にも影響を及ぼしている舞台なのだ。