
森川ジョージ氏の『はじめの一歩』(講談社)では、主人公・幕之内一歩のライバルの世界戦が続いている。ヴォルグ・ザンギエフ、ウォーリー、間柴了がそれぞれ世界の頂点に挑み、最新話では「浪速の虎」の異名を持つ千堂武士が、伝説の王者リカルド・マルチネスと戦う世界タイトルマッチが開幕間近だ。
一歩との日本フェザー級タイトルマッチでは「ララパルーザ」と呼ばれる伝説の試合を生み出し、読者人気も非常に高い千堂。だが、あのリカルドが相手なためか、敗戦予想も少なくないのが実情だ。
それでも「何かやってくれそう」と思わせるのが千堂武士という男である。その期待感はどこからくるのだろうか。今回は、「ララパルーザ」後の千堂の戦いを分析しながら、対リカルド戦の勝機を考えてみよう。
※本記事には作品の内容を含みます
■東洋太平洋王者を誘導する強かさと野生の勘! 宮田一郎とのスパーリング
まずは、第809話でおこなわれた、世界挑戦を見据えた千堂と東洋太平洋タイトルマッチを控えた宮田一郎とのスパーリングを見てみよう。
自身の弱点である左ジャブを学ぶため、千堂は半ば道場破りの勢いで宮田にスパーリングを申し込む。千堂と宮田、負けず嫌いな2人が互いを挑発したせいで、夢の対決はさながら実戦の迫力とともに幕を開けた。
序盤は宮田のスピードに翻弄され、良いところがなかった千堂は、第2R(ラウンド)で顔面をあえて晒す奇策に打って出る。当然隙だらけの顔面を狙われるが、千堂は頭を高速で動かすヘッドスリップですべてかわし、逆に宮田をロープ際まで追い詰める。そして「スマッシュ」で宮田のガードを完全に破壊し、見事第1Rのリベンジを果たした。
世界級のスピードを誇る宮田のパンチを千堂が避けられたのは、彼だけが持つ野生の勘があってこそだ。千堂の勘は回避だけでなく当てる際にも発揮されることが多く、スピードやテクニックで上回る相手をも捉える。
また、宮田がストレート系のパンチで顔面を狙う「ヘッドハンター」と見抜き、あえて顔面を晒して攻撃を誘導した強さも見逃せない。
理屈ではない野生の勘と、その場で攻略法を練るクレバーさ。二つをあわせ持つ千堂なら、リカルドをも驚かせる奇策を生み出してくれるのではないだろうか。
■伝家の宝刀「スマッシュ」で逆転KOも! ホセ・ナーゴ戦
千堂の必殺ブローといえば、斜め下の角度から豪快に放つ「スマッシュ」だ。モーションが大きく予測されやすいが、破壊力はデタラメで世界でも類を見ない。
その「スマッシュ」の恐ろしさが存分に発揮されたのが、第1085話から始まったホセ・ナーゴ戦だ。
リカルドのスパーリングパートナーを務めるホセの徹底したアウトボクシングに千堂は自分のボクシングをさせてもらえず、第8Rまで一方的に打たれ続ける。
しかし、独自の当て勘で少しずつホセの体に触れられるようになると状況が一変。ホセに自身の強打がいかに恐ろしいかを刷り込ませ、コーナーに追い込んだところに渾身の「スマッシュ」を叩き込んだ。
ホセの意識は見事に刈り取られ、試合は千堂の勝利で即終了。敗戦直後のホセが放心状態で「生きている」とだけ呟いたのが、なんとも印象的だ。
どんなに不利な状況でも、千堂の破壊力ならたった一撃でひっくり返せる。その事実は相手に恐怖を植え付け、平常心のボクシングを許さない。「サーベルタイガーの牙」に例えられる千堂のパンチが、リカルドに恐怖を与えられるか。世界戦のポイントはそこにあるだろう。