■子どもを逃がし、思わず漏れ出た本音が悲しい
最後に紹介するのは、諫山創氏が描く『進撃の巨人』の「カルラ・イェーガー」だ。
主人公エレン・イェーガーの母親であるカルラは、壁の外の世界に憧れて調査兵団に入ろうとするエレンに猛反対する。もちろん壁外の恐ろしさを知るがゆえの忠告であり、子ども想いの母親である。
そんなある日、エレンたちが暮らすシガンシナ区に突如、超大型巨人が出現。門は破壊され、その破片がエレンの家を直撃して、カルラは瓦礫の下敷きとなってしまう。
非力なエレンやミカサでは助けることができず、巨人襲撃という緊迫した状況で身動きのとれないカルラは、駆けつけた駐屯兵団の兵士ハンネスにエレンとミカサを託し、連れて逃げるよう懇願した。
エレンとミカサに「生き延びるのよ…!!」と告げたカルラの脳裏には、幸せだった頃の食卓風景がよみがえる。そして去り行くエレンたちの後ろ姿に、思わず「行かないで…」と小さく漏らしながらも、その言葉がエレンたちに聞こえないように口元を手で抑える。本音を押し殺した姿はとても涙ぐましい。
直後、カルラの体は巨人によって握り潰され、無惨にも食い殺されてしまう。その生々しい情景は、幼いエレンだけでなく大勢の読者のトラウマとなったことだろう。
この巨人襲来の真相はのちに明らかにされたが、母親カルラとの別れのシーンだけは物語が完結した今も見るだけで胸にくるものがある。
主人公と母親の別れのシーンは忘れがたいものが多く、名作と呼ばれる作品ほど印象深い描写を覚えていることが多い。あらためて読み返し、主人公に対する母親たちの愛情を再確認してみてもよいのかもしれない。