■優しい一歩が告げた「キミが悪い!」板垣学のデビュー戦

 一歩を尊敬する後輩ボクサー・板垣学は、類まれなボクシングセンスで将来を有望視される天才だ。スパーリングでは当時すでに日本フェザー級チャンピオンだった一歩をも驚かせるスピードを発揮し、新人ボクサーが戦う4回戦レベルでは敵なしと思われていた。

 そんな板垣がデビュー戦で敗北したエピソードには、多くの読者が驚いたことだろう。2戦2敗のボクサー・牧野文人と対戦することになった板垣は、序盤こそ得意のスピードで圧倒する。だが、執念すら感じさせる気迫で攻めてくる牧野から反則のバッティング(頭突き)を受けて動揺、これまた反則のエルボー(肘)を受けてダウンし、敗北してしまう。

 自分の負けを受け入れられない板垣は控室で大荒れ。「反則じゃないか!!」と喚き散らすのだが、その姿を見た一歩が諭すように語る言葉が本エピソードのキモだ。

 「反則じゃ…ないよ」
 「試合続行中に気を抜いた キミが悪い!」

 確かに牧野は反則をしたが、レフェリーが見逃したなら反則ではない。むしろバッティングに取り乱さず反撃する必死さが板垣には必要だったのだ。普段は優しい一歩が後輩を咎めるように語るからこそ、彼が味わってきたプロのリングの厳しさが重く伝わってくる。

 この時の板垣は一歩の言葉を受け入れられなかったが、のちにその意味をくみ取って成長し、全日本新人王、A級トーナメント優勝と結果を出していく。あとから振り返ると「あの負けがあったからこそ」と思える負け試合だ。

 

 鴨川ジムきっての怪物ボクサー、鷹村守は第152話でこんな言葉を残している。

 「どんなに練習してようが 希望に燃えてようが リングの上には勝者と敗者 光と影しかねぇんだ」

 「それが ボクシングなんだよ」

 すべての試合に勝ってきた鷹村ですらそう思うほど、プロボクシングの世界は厳しい。一歩の仲間として愛着ある鴨川ジムメンバーの負け試合であれば、そのつらさや残酷さはより深く読者の心に残る。

 勝利を彩るための敗北とはいえ、やはり鴨川ジムの面々が負ける姿はあまり見たくない。特に木村や青木といったベテランには、タイトルマッチのリングで勝利の美酒を味わってほしいものだ。

  1. 1
  2. 2
  3. 3