完全無欠の王者が抱える苦悩…『はじめの一歩』リカルド・マルチネスの内面が「実は人間らしすぎた」件の画像
『ベストバウト オブ はじめの一歩! リカルド・マルチネスVS.伊達英二 WBA世界フェザー級タイトルマッチ編』(講談社)

 プロボクシング漫画の金字塔『はじめの一歩』(森川ジョージ氏)には、リカルド・マルチネスというスーパーチャンプが登場する。WBA世界フェザー級チャンピオンとして10年以上無敗でベルトを守り続けている、まさに生きる伝説だ。その完全無欠の強さは『はじめの一歩』ファンなら誰もが知るところだろう。

 では、リカルドの性格や人柄といった内面はどうだろうか。伊達英二との世界戦で見せたサイボーグじみた姿しか印象にない人も多いはずだ。

 だが実は、ここ数年の『はじめの一歩』でリカルドの内面……とくに強者ゆえの苦悩が描かれ「こんなに人間臭いとは思わなかった」と話題になっている。そこで今回は『はじめの一歩』の絶対王者、リカルド・マルチネスが抱える苦悩から、彼の人となりを分析していこう。

 

※本記事には作品の内容を含みます

 

■「私の試合は つまらないか?」強すぎるゆえに盛り上がらない戦い

 リカルドを語るうえで彼の強さを避けては通れない。幕之内一歩が尊敬する、元日本フェザー級チャンピオン・伊達英二を全く寄せ付けなかった試合では「誰なら勝てるんだよ」と絶望感を覚えた人もいるだろう。

 だが、その強さに誰よりも絶望しているのはリカルド自身かもしれない。第1312話で元WBC世界フェザー級チャンピオン、ビリー・マッカラムとのタイトルマッチに挑んだリカルドは、戦いながら「私の試合にスペクタクルは存在しない」と自虐する。

 10年以上君臨し続けるチャンピオンの試合を観る人々は「必ずリカルドが勝つ」と思っており、いわば予定調和を見届ける心境だ。リカルドが人々の予想通り勝利して喜びはしても、そこに興行らしい熱気や興奮はない。それがリカルドには我慢できないのだろう。

 試合のなかでマッカラムの強烈なカウンターを紙一重でかわしたリカルドは「これなら盛り上がるはず」と期待する。だが、実際に返ってきたのは「初めから当たるワケない」「今夜も予定通り終わらせるさ」といった、観客たちの冷静な反応だった。

 あらためて現実を突き付けられたリカルドは、こう考える。「私の試合はつまらないか?」と。

 長年の練習で身につけたテクニックや、命がけでリングに上がる勇気に感動してほしい。盛り上がってほしい。そんな人間らしい望みすら叶わないほどリカルドは強すぎる。その絶望は、彼にしかわからない。

■まさに孤高…自分の研鑽を証明するライバルの不在

 一歩の必殺ブロー「デンプシーロール」を左ジャブだけで迎撃し、怪物チャンピオン・鷹村守をして「軽中量級で勝てるボクサーは歴史上いないとまで思った」と評価させる。すべてを見透かしたような戦いぶりで挑戦者を打ち負かすリカルドは、まさに神がかりだ。

 しかし、当の本人は「私は神ではない」と語っており、完全無欠といわれる力はたゆまぬ努力によって培ったものである。そんなリカルドが求めているのは「自分の研さんが正しかった」と確信できる瞬間だ。

 人は何かに熱中した時、自分がどれだけ上達したかを知りたいと考える。「やってきたことは無駄じゃなかった」「成長できた」と実感したいのは当たり前であり、一歩も作中でそう語っている。

 だが、誰も寄せ付けない強さを持つリカルドにはそれも叶わない。全力を出す前に相手が倒れてしまい、練習の成果を出し切るまでもなく試合が終わってしまうのだ。マッカラムとの試合を1ラウンドKOで完勝したとき、リカルドは「……また私は……試されなかった……」と呟いた。

 寂しそうな顔でリングを下りるリカルドを見た一歩は、その後ろ姿に「孤高」の二文字を思い浮かべる。「メキシコの英雄」として祖国の誰からも愛される男が孤高というのも、なんとも皮肉な話だ。

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