■中毒がもたらす恐怖をリアルに描いた「ヘソリンガス」

 コミックス25巻「ヘソリンガスでしあわせに」のエピソードは、社会問題に警鐘を鳴らすような内容だ。

 ある日、ひどく落ち込んでいたのび太。そこでドラえもんはひみつ道具「ヘソリンスタンド」を出す。このスタンドから送り込む「ヘソリンガス」は、へそから体に入れると心身の痛みを消し、幸せな気持ちにしてくれるものだ。

 ガスのことはやがて町中の子どもたちに知れ渡り、みな幸せになるためガスを乱用し中毒化してしまう。“痛がるってことは大事なことだ、危険を知らせる信号だ”、“体の痛みにも死ぬまで気がつかない、心の痛みにも気づかなかったらどんな悪いことでもしてしまう”とドラえもんは力説するも、ガスが効いているのび太にその言葉は届かない。

 その後、我に返ったのび太はドラえもんとこの事態を収拾しようと画策する。ちょうどそのときヘソリンスタンドのガスが尽きたため、ドラえもんは代わりに“大げさに感じるガス”を補充。結果、小雨に打たれただけでも子どもたちは痛みを感じるようになり、事態はやっと収束するというエピソードだ。

 この話は、まさに薬物などの中毒の恐ろしさを警鐘する内容のように感じる。ガスを吸い、痛みを感じなくなることで何が起こるのか……。体の痛みだけでなく心の痛みすら消えるのは、ドラえもんの言うように人間らしさを失うことにほかならないだろう。

■何が現実なのか分からなくなる「うつつまくら」

 コミックス5巻に登場するひみつ道具「うつつまくら」は、夢と現実を取り換えられるまくらだ。

 夏休みの宿題を完了させ、順調な新学期の朝を迎える夢を見たのび太。しかし目覚めたその日は夏休み最後の日だった。宿題が終わっておらず嘆くのび太は、「うつつまくら」で夢と現実を取り替える。

 しかしその現実でもうまくいかなかったのび太は、再度まくらのダイヤルを調節しさらに都合の良い現実を作り出した。そこでののび太は天才少年として注目を浴びていたが、のび太を拉致しに来た他国のスパイによって気絶させられ現実に戻る。

 だが、目覚めた世界では夏休みがまだ半分以上残っており、うつつまくらも存在しなかった。最終的にのび太がどれが夢でどれが現実か分からず混乱する、というオチである。

 このエピソードは、夢と現実の境界が曖昧になる恐怖を描いている。都合の良い現実を作り出すため、のび太はまくらを使い夢の世界を生きている。しかし現実と夢の交錯を繰り返すうちに、実際には今でものび太がまくらの上で眠っているのではという疑念が湧いてくるのだ。

 これはまるで現実世界が分からなくなるSFホラーとも言えるだろう。実は今見ている世界はすべて作られた夢の中かもしれない……そんなことを考えると、これを見ている今は現実なのか夢なのか? 見ているこちらも、思わずそんな疑念を持ってしまうエピソードである。

 

 今回紹介したひみつ道具は、見方によっては非常に怖い結果を招くエピソードで、使い方を誤ると人の生死にもかかわるような恐ろしいものだ。便利な道具には大きなメリットもあるが、その一方で使い方を誤ると恐ろしいデメリットが生じるのも覚えておきたい。

 もしもこの先『ドラえもん』の道具が実用化したら、取り扱いは慎重におこないたいものである。

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