秋本治氏の『こちら葛飾区亀有公園前派出所』(集英社)の中川圭一といえば、本作を代表する名脇役にしてツッコミ役だ。両さんこと両津勘吉の無茶をたしなめたり、大金持ちの立場から無理やり協力させられたり、破天荒すぎる両さんに振り回される“常識人”というポジションを確立している。
だが、40年を優に超える『こち亀』の歴史には、中川が両さん以上にブッとんだ奇行に走るエピソードがいくつかある。「中川のテンションがおかしい回は絶対に面白い」と言う人もいるぐらいで、読者人気も高いエピソード揃いだ。
そこで今回は「こち亀」の良心・中川が「壊れた」面白エピソードを紹介しよう。
■至高の味覚がゲテモノ尽くしで崩壊…「幻の“神の舌”の巻」
中川は世界一の大企業「中川コンツェルン」の御曹司として生まれ、あらゆる英才教育を施されてきた。その教育によって磨かれた中川の味覚は、ヨーロッパの一流シェフが絶賛するほど研ぎ澄まされており、舌そのものに10億ユーロの保険がかけられている。唯一無二の“神の舌”だ。
第128巻収録「幻の“神の舌”の巻」は、そんな中川が郷土グルメの評論番組に出演する話だ。出された料理に厳正な評価を下そうとする中川だが、ローカルすぎる郷土料理を前にうろたえてしまう。「タガメとイナゴのヨーグルトクサヤ炒め ブルゴーニュ風」「くさやのナポリ風」など、名前を聞いても味が想像できないラインナップだ。
しかし、付き添いの両さんは取材先から賄賂をもらい、中川を積極的に番組に出そうと画策。北は北海道から南は九州まで、日本全国を横断する超ハードスケジュールで中川は“ゲテモノ”を食わされ続ける。
次第に頬はこけ、目は虚ろになり、ゲテモノ料理を「がううう!!」と貪るほどの変貌を遂げる中川。ザザ虫入りの料理を「これは最高だね!!!」とがっつくシーンには、笑いと悲壮感が入り混じっていた。
怒涛のゲテモノ尽くしが終わる頃には中川の“神の舌”はすっかり鈍ってしまい、保険の10億ユーロを両さんが受け取るオチでこの話は幕を閉じる。激辛マヨネーズがたっぷり入った料理を「これは世界一うまいにゃ~~」とバクバク食べるほど壊れた中川が、なんとも味わい深い。
■大金持ちが節約の鬼と化す「スーパー幹事!? 中川!!の巻」
次は、中川が派出所の旅行を幹事として取り仕切る「スーパー幹事!?中川!!の巻」を見てみよう。
“大金持ちの中川に庶民の金銭感覚を学ばせたい”という両さんの提案により、中川は1人5000円の予算で温泉旅行を企画するよう命じられる。絶望的な低予算に追い詰められた中川が必死に組んだプランで実際に旅行するのだが、その内容がすさまじい。
まず、旅館までの移動手段だ。亀有駅から12時間延々と歩き続けたあと、線路を走る貨物列車に飛び乗り、最後に高さ150メートルの鉄橋から飛び降りる。すべては交通費を節約するためだ。
旅館に到着してからも中川の節約っぷりは止まらない。宿泊部屋はふすまと畳だけを注文した究極の素泊まり。宴会は10分の時間制限付きで、メインのごちそうの刺身は向こうが透けて見えるマグロと絵で描いたあわびだ。よく旅館も受け入れてくれたな……。
壮絶な旅行プラン以上に笑ってしまうのが、幹事・中川の様子だ。1人が列車から降りられなかったときは「これで1人分の予算がういた…」と冷静にメモをとり、旅館に着いてからは死んだ目で淡々と注意事項を述べる。
見かねた両さんに「笑顔が消えてるぞ」と注意されると、「笑いなどわすれました」と返すのだ。まるで長時間労働に疲れ切った会社員である。
まじめで責任感が強い中川だからこそ、なんとかしようと頑張りすぎた結果がこの「超節約旅行」だ。現実でも、人に無茶なお願いをするのはほどほどにしておこう。