■還暦を迎えた老人の悲惨な運命『赤いチャンチャンコ』

 最後は1973年に発表された『霧の扉』という連作の中の一編『赤いチャンチャンコ』を紹介しよう。

 息子夫婦と幼い孫に囲まれて幸せそうな老人がいた。今の暮らしに満足している老人は、「これ以上何も望まない」と思いながら眠りにつく。翌朝、めざめた老人の枕元には、ドス黒いチャンチャンコが置かれていた。この日は老人の60歳の誕生日であり、この世界では還暦のお祝いに赤いチャンチャンコではなく、黒いチャンチャンコが贈られることになっていたのだ。

 息子夫婦だけでなく、町内の人々からも還暦を祝われる老人だが、本人は「こんなチャンチャンコなんかきたくない」と必死に抵抗する。老人が連れていかれた神社には、さらに多くの人たちが集まっていた。

 そして無理やり黒いチャンチャンコを着せられた老人に火が放たれると、勢いよく燃えあがりはじめる。

 人口増加対策のため、政府は「六十歳停命」を立法化し、60歳を迎えた老人には故事にならって赤いチャンチャンコを贈ることにしていた。色が黒かったのはガソリンを吸っているからであり、火を放つと赤いチャンチャンコに変わるのだ――。

 ギャグタッチで描かれている分だけ、心底怖くなる短編である。現実の日本では人口爆発は起こっていないが、高齢者人口の割合は増え続けているだけに、よけい作品に対する恐怖が増す。


 天才漫画家、永井豪といえば長編作品のほうが話題になりがちだが、短編にもこのような恐ろしいトラウマ作品が少なくない。あらためて短編にも注目してもらいたい。

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