■政治家とメディアに操られて人類が滅びる『箱舟はいっぱい』

 最後にもう1本紹介する。『箱舟はいっぱい』(『藤子・F・不二雄SF短編コンプリート・ワークス』2巻収録)は、藤子・F・不二雄作品に多い、持ち家や土地をめぐる物語かと思うと、思わぬ方向にストーリーが進んでいく。

 サラリーマンの大山は、隣家の細川から持ち家を安く譲ると持ちかけられる。そんな折、大山は「ノア機構」を名乗る男の訪問を受ける。大山一家がロケットに乗って地球を脱出する家族に選ばれたというのだ。だが、実は本当に選ばれていたのは隣の細川一家だった。細川はロケットに乗る資金を捻出するため、家を手放そうとしていた。

 やがて日本中に、彗星が地球にぶつかって人が住めなくなるという噂が出回りはじめる。テレビの生放送では、司会者が地球の危機を叫んで取り押さえられ、国会の前では大規模な抗議行動が行われるようになる。

 ところが、実はノア機構は詐欺集団で全員逮捕されたというニュースが報道され、大山一家をはじめ日本国民が安堵に包まれる。これで一件落着かと思いきや、彗星が地球をかすめて壊滅的な影響を与えるのは、実は本当のことだった。政府はシェルターを建造し、選ばれたごくわずかな人々を助けることを決めていたのだが、国民の目をそらすためにノア機構を作って報道していたのだ。

 ある日曜日、ピクニックに出かけようと家を出た大山一家は、同じように荷物を持って外出しようとする細川一家に出会う。そして、強い風が吹いてきたところで物語は終わるーー。

 わずかなページ数の間に何度もストーリーがツイストし、胸にざわつきが残る傑作だ。メディアを使った広告宣伝に人々がいとも簡単に操られ、その間に政治家とごくわずかな人たちの命だけが助かるという残酷な物語である。

 

 藤子・F・不二雄作品には、今回紹介してきた以外にもさまざまな味わいを残す作品がある。未読の方はぜひ一読してもらいたい。

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