今年、生誕90周年を迎える漫画家の横山光輝さん。現在、生誕90周年記念展示のイベント「横山光輝の世界」が、各地で開催中だ。
横山さんといえば、自身の描いた全60巻にも及ぶ『三国志』のように歴史漫画の第一人者でもある。筆者も学生時代から今日にかけて、横山さん原作の歴史漫画をたくさん愛読してきた。そこで、『三国志』だけでない、横山さんが誇る面白い中国歴史漫画を紹介していきたい。
■これを読めば『キングダム』の春秋戦国時代が丸わかり? 斉の管仲から前漢までを描く大作『史記』
1992年から1999年にかけて執筆されたのが『史記(史記列伝)』だ。冒頭から司馬遷が登場し、どのようにして歴史書の『史記』が作られていったのかを描いた作品だ。
本作の面白いところは、なんといっても中国春秋戦国時代における登場人物の多さだろう。横山版『三国志』や下記で紹介する『項羽と劉邦 若き獅子たち』で描かれているのは人気の時代のため、ほかにも取り上げている漫画や小説が多い。だが、斉の管仲から前漢までと春秋戦国時代をテーマに描かれた作品はほとんどないため、とても勉強になったものである。
とくに、偉人たちのエピソードにまつわる故事成語には「むむむ」と、こちらが唸ってしまう。「牛耳る」「完璧」など、現代までに使われている言葉の由来を知ると、感心せざるを得ない。
大人気漫画の『キングダム』(原泰久さん)にも、回想シーンや名前のみで登場する武将たちがいるのだが、『史記』には彼らのエピソードも登場している。ちなみに筆者が好きなのは伍子胥と孫武、藺相如、楽毅、田単のエピソードだ。本作を読むまでまったく知らなかったものだから、非常に面白かった。
ちなみに、先に読んでいた『項羽と劉邦 若き獅子たち』にも感銘を受けたが、劉邦による天下統一後については描かれていなかったので本作で知ることができた。だが、劉邦や妻の呂雉がかなり面倒なキャラになっていたので、ちょっと切なくなってしまったものである。
■2大勢力の智謀や武将の強さに感嘆! 『三国志』を凌ぐ面白さの『項羽と劉邦 若き獅子たち』
1987年から1992年にかけて執筆されたのが『項羽と劉邦 若き獅子たち』だ。始皇帝の天下統一後から秦の滅亡、そして、垓下の戦いで項羽が敗れ、劉邦が天下統一するまで描かれている。
筆者は『三国志』から読んでいたので両者の名前は知っていたが、どのようなストーリーなのかまではよく知らなかった。
三国時代はかの有名な劉備や曹操でも天下統一ができず、呉の滅亡までおよそ60年にも渡る歴史を持つ。だが、項羽と劉邦のストーリーではたった5年で天下統一を成し遂げているので、中身が濃いのだ。
楚と漢の2大勢力・項羽と劉邦がメインに描かれており、個の強さは天下一でも短気で精神的な脆さを持っている項羽と、秀でた能力はないけど人をうまく使って好かれる劉邦、その対比も素晴らしかった。智謀や武将の強さがわかり、『三国志』にも引けを取らない面白さだ。
項羽の強さは別格で、大王と呼ばれているのに平気で前線に赴いて敵をなぎ倒している。彭城の戦いでは劉邦率いる60万近い漢軍に対し、項羽の楚軍はわずか3万。どうあがいても勝ち目はないのに、大元帥の韓信が不在で怠けていた漢軍を急襲して何十万という被害を出させて完勝。項羽と楚軍の強さが浮き彫りになったシーンでもある。
そして智謀においては、陳平が筆者の推しである。劉邦配下の英雄といえば、張良・韓信・蕭何の「漢の三傑」が有名だが、劉邦の危機を救って楚軍に大打撃を負わせたのが、この陳平だった。
滎陽の戦いでは、項羽の知恵袋でもある范増を計略で離間させることに成功。その後、楚軍に完全包囲されたなか劉邦脱出を成功させるべく、偽りの降伏で身代わりを用意する。そして、夜の暗闇のなか、美女2000人を先に城から出し、ゆっくりと項羽陣営のもとへと送って時間を稼いだ。
城を包囲している楚軍兵士も劉邦が降伏するのを知っているのですっかり油断し、みんなして美女たちを見物に行ったことで包囲が崩れ、その隙をついて劉邦は脱出に成功する。
このシーンは劉邦が身代わりとなった紀信を憂い、何度も策を止めようとするところが胸に響く。最終的にこの策を受け入れ、紀信の家族を自分が一生かけて面倒を見ると約束するのだが、そんな厚遇を自分だけが受けるのは申し訳ないという紀信もさすがだった。それに対し、紀信に付き従う者たちも同様にすると誓う劉邦の器の大きさが光った。