連載開始から35年…社会現象にもなった元祖不条理ギャグ漫画『伝染るんです。』を振り返るの画像
小学館文庫『伝染るんです。』第1巻(小学館)

 平成の始まりとともに連載が始まり「不条理ギャグ漫画」という新たなジャンルを確立した作品がある。それが吉田戦車氏による『伝染るんです。』だ。

 本作は、1989年から1994年まで「週刊ビッグコミックスピリッツ」(小学館)にて連載され、今年で連載開始から35周年を迎える。「かわうそ君」や「かっぱ君」、「しいたけ」といった独特なキャラクターが登場し、これまでにないシュールな内容は当時注目され、人気を博した。さらに主要キャラクターはテレビ番組やCMにも採用され、社会現象をも巻き起こしている。

 ここでは、そんな『伝染るんです。』の魅力をあらためて振り返りたい。

■シュールなギャグ満載、文藝春秋漫画賞を受賞し社会現象にもなった作品

『伝染るんです。』は「不条理ギャグ漫画」とも呼ばれ、それまでになかった新たなギャグを生み出した作品である。ちなみに“不条理”を辞書で調べると、“事柄の筋道が立たないこと”とある。確かに本作は実際には起こりえないことがギャグにされており、それが独特の雰囲気を持っていて面白いのだ。

 たとえば『伝染るんです。』(スピリッツゴーゴーコミックス)第1巻に登場するのは、遊具が“おろし金”になっている滑り台。「このすべり台はすべるところがおろしがねになっています。危険ですから絶対にすべらないでください」という表示があり、滑ることができない男性がくやしがって遊具を蹴っている。また同じような公園のシーンにある立て看板には「ここは世田谷区じゃありません」と一言。下には“渋谷区”とだけ書かれており、のどかな公園の風景でそのページは終わる。

 このほかにも本作には、“誰にも気づかれずに背が1メートルも高くなるシークレットシューズ”や、“つま先立ちをしないと食べられない立ち食いそば屋”などが登場し、なんともシュールだ。こんな現実はあるはずがないとは思うものの、なぜか読む手が止まらないのである。

 そんな不思議な魅力を持つ『伝染るんです。』は話題を呼び、1991年には第37回文藝春秋漫画賞を受賞した。コミックに掲載されている作品は基本的に4コマ漫画であって読みやすいうえ、老若男女問わず楽しめる内容になっている。

■これまでにないちょっぴり怖くてかわいいキャラクターたちも魅力

『伝染るんです。』には数々のキャラクターが登場する。何かと嫉妬心を持ってイライラしていることの多い「かわうそ君」、そんなかわうそ君に振り回されビクビクしている「かっぱ君」、その仲介役とも言える「かえる君」など。

 とくに本作のメインキャラクターであるかわうそ君は有名であり、動物らしからぬ太い眉毛と二足歩行が特徴だ。人間界にも突如登場し、なぜか人間からは「動物」と呼ばれているのが面白い。

 また黒くてかわいらしい「くま」も登場するのだが、その身長は30センチほどとかなり小柄。山で出会った伊藤という青年の前にちょくちょく登場する。くまに怯える伊藤に対し、なぜか突然ハガキと2000円を送るなど、かわいいビジュアルなのにその行動意図が分からない。

 さらに生徒想いの良い中学校教師、「山崎先生」も面白い。一見、普通の教師のようだが、見た目は尖った鼻と口であり、円筒形の体をしている謎の生物だ。ときどき生徒が“先生は一体何なんですか?”と尋ねるものの、その質問にはいっさい答えない。

 このように『伝染るんです。』には、謎めいたキャラクターがたくさん登場する。吉田氏の描くキャラクターはかなり個性的で少々不気味な雰囲気があるのだが、なんともかわいらしい。さらに登場するキャラクターのほとんどが不条理な行動を取るため、次に何をしでかすのか分からない魅力に惹きつけられてしまうのだ。

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