「作品を作っている最中は、普段の悩みや不安から解放される」
――雨穴さんの作品も「ひとつのものを違う視点で見ると、違う一面が見えてくる」という構造になっています。そういう意味では、たかたけしさんの『住みにごり』に共感されているのかもしれませんね。
「たしかに、自分も“人間の見え方が反転する”みたいなことはやっているんですけど、ひとつの物語で3転くらいが限界です。でも『住みにごり』は20回転、30回転くらいしていて、その奥深さについてはとてもかなわないです。いつかこういう作品を作ってみたいとは思うけど、“自分にはできないだろうな”という思いと、“できてもそういうものが受け入れられる時代じゃないのかな”という思いがあります」
――過去のインタビューでは、袈裟丸周造さんによる『廃屋の住人』(2011年・集英社)に影響を受けたというお話をされていました。この作品との出会いのきっかけは何だったのでしょうか。
「学生の頃に一時期ホラー漫画にハマっていた時期があります。当時、自分の進路で迷っていて、そういうときになぜかホラー漫画を読みたくなりました。大量にいろいろ読んでいる中で、単行本1冊で完結しているものすごく怖い漫画があるということで、すぐにネットで注文しました」
――雨穴さんの『廃屋の住人』への想いについては、『ふたまん+』の過去のインタビューの際も語っていただいてます。ご自身が不安なときに怖いものをお読みになりたくなったというのは、興味深い心の動きですね。
「専門家じゃないのでわからないのですけど、不安な時にこそ怖いものを欲しくなる心の動きというものはあるのかもしれないです。もしかしたら、全てに満たされて幸せな人はあえて怖いものを欲しがらないのかもしれない」
――雨穴さんの作品も、そういう不安を抱えている読者がいらっしゃるのかもしれません。読者に対して思うことはありますか?
「私が多くの方に向けて作品を作る理由は、ひとつしかありません。たとえば学校や仕事で辛かったり大変な思いをされている方が、自分の本を読む数時間だけは現実を忘れられる……そういう方がいるとすれば、その数時間のためだけに私は寿命を削ってでも作品を作りたいと思っています。
お金とか名誉への欲もないわけではないですが、それに比べたら本当に微々たるものです。読者の全員が感想をくださるわけではないですが、ときどきSNSで《バイト辛いけど、雨穴の新刊を来月読めるから頑張れる》といったコメントを見たりすると、すごく良かったなと、やりがいを感じますね」
――人々を現実から引きはがし、違う世界を見せる。ホラー作品の力や効能ということでしょうか。
「自分自身にとっても作品を作っている最中は、現実を忘れて、作品の中に集中できるんです。普段の悩みや不安から解放される。最初は誰からも求められていないのに、作品を作り始めたんですが、それはやっぱり自分の不安や満たされない感覚みたいなものから解放されるためにやっていたことだったんですね。
いまだにその延長線上でもの作りをしている感覚はあります。今では現実の不安から解放される代わりに、作品作りの辛さみたいなものに向かい合っている感じですが(笑)」
――雨穴さんが今後やってみたいことは?
「ひとつは音楽をやっていきたいと思っています。あとは昨年、謎解きゲームを作ったのですが(『雨穴作・謎解きゲーム~失踪事件のあった地区の回覧板~』)、そういう感じで見ている方、聞いている方が参加できるインタラクティブなものにも挑戦していきたいです。音楽については未発表の曲があるので、年内にはそれを動画で発表したいですね」
――作家としての次回作も楽しみにしています。
「ありがとうございます」
■プロフィール
雨穴(うけつ)
ウェブライター、ホラー作家、YouTuber。2018年、ウェブサイト『オモコロ』にてウェブライターとしての活動を開始。2021年、小説『変な家』で作家デビューし、2022年には「変なシリーズ」第二弾である『変な絵』を発表した。同作は累計60万部を突破し、3月15日からは漫画版の配信もスタートする。YouTuberとしては、ホラー・ミステリー動画の他、自作曲を歌い踊る音楽動画も複数投稿している。
■漫画版『変な絵』
とあるブログに投稿された『風に立つ女の絵』、消えた男児が描いた『灰色に塗りつぶされたマンションの絵』、山奥で見つかった遺体が残した『震えた線で描かれた山並みの絵』……。9枚の奇妙な絵に秘められた衝撃の真実とは!? その謎が解けたとき、すべての事件が一つに繋がる!
雨穴氏の大ヒットミステリー長編が、『生徒死導』『ヒプノシスマイク-Division Rap Battle-side D.H&B.A.T』の相羽紀行氏によってコミカライズ。3月15日より『コミックシーモア』で独占先行配信がスタート。
◇コミックシーモア『変な絵』作品ページ
https://www.cmoa.jp/title/288534/