■般若心経とロボットの涙『ザ・ムーン』
最後に紹介するのは『銭ゲバ』『アシュラ』『浮浪雲』で知られるジョージ秋山さんの隠れた名作『ザ・ムーン』だ。1972年から1973年にかけて『週刊少年サンデー』で連載された漫画であり、アニメ化はされていない。
ストーリーは悪が蔓延る世界に対して、正義の力が必要だと考えた大富豪の魔魔男爵が2兆5000億円を費やして巨大ロボット「ザ・ムーン」を作る。巨大な力を扱う正義の心の持ち主として9人の少年少女が選ばれ、9人が心をひとつにしたときのみザ・ムーンは動く。ザ・ムーンと9人の少年少女が正義とは何かと考え戦う、というものだ。
ザ・ムーンが涙を流すのがなぜなのかはよく分からない。一応オイルが漏れているということらしいのだが、9人がそろわず動けないときに泣き、悲惨な結末を迎えた場面でも泣いた。
どれも印象的なシーンだが、『ザ・ムーン』を通して最もキャッチーなものは9人が般若心経を唱えながらザ・ムーンが涙(オイル)を流すシーンである。
本作を知らない人にはいまいち伝わりづらいと思うが、ロジックがある。般若心経を9人で唱え、精神統一をするとザ・ムーンは宙に浮くことができるのだ。とはいえ9人の少年少女が必死で般若心経を唱えて巨大ロボットが泣き、宙に浮くのだ、あまりにもシュールで大きな衝撃を受けた。
アニメ化もされておらず、他のジョージ秋山作品に比べるとややマイナーではあるが、色んな意味で面白い。シュールだったり古い印象を受ける場面もあるが、正義とは何か、という現代に通じる普遍的なテーマも感じられる。未読の人は読んでみてほしい。
文字通り「血も涙もない」ロボットが泣くというのは現実的に考えたら故障であり、決してポジティブなことではない。だが、フィクションの中であれば素晴らしい演出になり得る。ロボットにも感情があるように見えて、人間が泣くよりも多くの事を考えさせられるのである。