■ホラー漫画家が全力の“ギャグ”で魅せる! 『伊藤潤二の猫日記 よん&むー』伊藤潤二
伊藤潤二さんといえば、『富江』、『双一』シリーズ、『うずまき』といった数々のホラー作品を手掛けるホラー漫画界の巨匠である。非日常のなかに存在するおどろおどろしい怪異たちを、独特の美しく繊細なタッチで描く漫画家だ。
数々のホラー作品を世に送り出してきた伊藤さんだが、自身が飼うことになった“猫”を題材としたエッセイ漫画『伊藤潤二の猫日記 よん&むー』を、2007年より『月刊マガジンZ』(講談社)で連載している。
犬派だったホラー漫画家・伊藤潤二さんこと“J”が、婚約者の希望で猫を飼うことになり、「よん」と「むー」と名付けられた二匹と暮らしていく。
実話をもとにしたコメディテイストな漫画なのだが、その最大の特徴は伊藤さんが得意とする“ホラーテイストな描写”が、随所で発揮されているということ。
緻密に書きこまれた人間の表情や猫の姿は、可愛らしいというよりどこかおどろおどろしく不穏な空気を漂わせている。だがそれでいて、猫に一喜一憂し、奔放な二匹に振り回される人々の姿を全力で描いているのだから、全編を通して“シリアスな笑い”が展開されているのだ。
絵面がホラーテイストであればあるほどに、作中で巻き起こされる珍騒動とのギャップが強烈で、それがより一層、読者を笑いの渦に巻き込んでいく。
もともと、伊藤さんはお笑いも好きで、自身のホラー作品にもそういったテイストを盛り込んでいたのだが、本作はまさにその“お笑い要素”が爆発した一作と言えるだろう。
強烈な描写のオンパレードだが、一方で作者夫婦が猫を愛していることが随所から伝わり、観る者の心を和ませてくれる。“愛猫家”にとってはもちろん、ホラー作品のファンたちにとっても、伊藤さんの新たな一面を垣間見ることができる貴重な一作と言えるだろう。
数々の創作物を世に送り出す漫画家たちだが、クリエイティブな仕事に携わるその“日常”が気になる人も多いのではないだろうか。普段描いている作品の源泉に触れられる点はもちろん、意外な一面を垣間見ることができることこそ、エッセイ作品の醍醐味だろう。