独特のタッチで各々の世界観を描き続ける漫画家たちだが、自身を漫画のなかに投影した“エッセイ”的な作品を手掛けることも少なくない。漫画家たちの日常の姿を垣間見ることができる、味わい深いエピソードたちについて見ていこう。
■マンガの神様が描く“家族”の日常…『マコとルミとチイ』手塚治虫
手塚治虫さんといえば、『鉄腕アトム』や『ジャングル大帝』、『リボンの騎士』、『ブラック・ジャック』といった数々の名作を手掛け、一線を走り続けた日本を代表する漫画家だ。その目覚ましい活躍から「マンガの神様」と称され、今もなお後世に語り継がれている。
現代劇にファンタジー、SFとさまざまなジャンルを手掛ける手塚さんだが、1979年より『主婦の友』(主婦の友社)にて連載された『マコとルミとチイ』では、彼の日常生活の一端を垣間見ることができる。
人気漫画家・大寒鉄郎を主人公に、彼が暮らす“家庭”での出来事が描かれている本作。ほのぼのとした家族像だけではなく、子どもと親、その両方から見たそれぞれの姿が対比的にリアリティたっぷりに描かれていて面白い。さらには親のしつけ、母親と父親という立場の差、親子の対立や社会問題など、ただの日常漫画とは一風違ったテイストでストーリーが展開されていく。
作中ではマコト、ルミ子、チイ子という三人の子どもが登場するが、それぞれ手塚さんの実子の名前をそのまま使用している。3分の1は創作だったという説もあるが、“ルミ子”のモデルとなった手塚るみ子さんによると、実際にあった出来事が多く盛り込まれているそうだ。
日常をつづった作品ということで物語の激しい起伏はないものの、家庭のなかで直面する子と親の価値観の対立や、当時の社会問題の是非についても考えさせられる部分があり、さまざまな気付きを得ることができる一作と言えるだろう。
漫画界の一時代を築き上げた「神様」の“父親”としての側面を垣間見ることができる、なんとも心温まる作品だ。
■夢を追う過去の自分とそれを叶えた未来の自分…『ちびまる子ちゃん』さくらももこ
漫画家・さくらももこさんの代表作といえば、1986年から少女漫画誌『りぼん』(集英社)で連載が開始された『ちびまる子ちゃん』だろう。本作は今もなおテレビアニメが放映されており、言わずと知れた国民的人気作品となっている。
『ちびまる子ちゃん』はもともと、さくらさん自身を主人公の女の子・まる子に投影させており、体験談を基にしたエッセイ風のコメディ作品であった。
だが、実は本作では、明確にさくらさん自身が登場する貴重なエピソードがあるのをご存じだろうか。それが、コミックス12巻「まる子 じぶんの未来を見にゆく の巻」だ。
まる子はひょんなことから大人になった“未来の自分”に会いに行き、そこで成長した自分自身の姿を目の当たりにする。未来の自分が仕事もせずに怠けているのだと思い込み憤慨するまる子だったが、机に並ぶ漫画家の道具や、棚に並べられた自身の単行本を見て、未来の自分が“漫画家”になっていることを悟るのだ。
夢が叶ったことにただただ涙するまる子。まる子から「毎日たのしい?」と尋ねられたさくらさんは、笑顔を浮かべ「んっ」と、短く頷くのだった。
漫画家という夢を叶え、日々を楽しんでいるという喜びを、さくらさんが漫画を通し過去の自分へと伝える……なんともほっこりしてしまうエピソードである。