藤子・F・不二雄や永井豪、手塚治虫も…漫画界の巨匠たちが描いた「怖い女」のエピソードの画像
トクマコミックス『怖すぎる永井豪~ススムちゃん大ショック編~(徳間書店)

 人間……とくに女性が抱く“情念”というものは、ときに異形の存在や怪異を上回る脅威となり得るものだ。そして、誰もが知る有名漫画家たちも、数々の“怖い女”にまつわるエピソードを手掛けてきている。そこで、巨匠たちが描いた美しくも恐ろしい女性たちについて見ていこう。

■耐え続けた妻が隠し抱く企みとは…『コロリころげた木の根っ子』

 藤子・F・不二雄さんといえば『パーマン』や『ドラえもん』など、数々の国民的人気作品を手掛けた漫画界の巨匠だ。明るくはつらつとした雰囲気の作風が特徴的な漫画家だが、一方で人間の闇に切り込んだブラックな作品も描いている。

 そのなかの一つが、1974年の『ビッグコミック』(小学館)に掲載された読み切り作品『コロリころげた木の根っ子』だ。

 タイトルは童謡『待ちぼうけ』の一節からとられており、新人編集者・西村を主人公に、彼が原稿を受け取るために訪ねた小説家・大和の家庭に焦点が当てられていく。西村は原稿が完成するまで大和家で待つことになるのだが、そこで彼の強烈な一面を目の当たりにすることとなる。

 大和は外面こそ良いものの、妻に対しては平気で暴力を振るい、ことあるごとに理不尽な言動をとる二面性のある男だった。しかし同時に、西村は大和家でいくつかの“違和感”に気付いていき、それらは妻の部屋で偶然見つけた“スクラップ記事”によって“核心”へと変わってしまう。

 なんとそこには、過去に起こったさまざまな“事故死”の記録がまとめられていたのだ。

 汲み取り式トイレでのガス爆発、階段に落ちていたおもちゃで転倒、ペットの猿から伝染病に感染、水銀汚染魚を食べたことによる病死……どれもこれも、西村が今まさに過ごしている大和家と酷似したシチュエーションばかりであった。

 妻は夫の暴力に耐えながらも猿をプレゼントしたり、汲み取り式便所に灰皿を置いたり、水銀汚染の可能性がある魚料理ばかりを出したりすることで、夫がいつか自然死することを願っていたのである。

 さらに西村は、夫が飲んだ酒瓶を階段の上に転がす妻の姿を目撃し、戦慄……。そこで物語は終わる。

 コロリころげた木の根っ子……そのタイトル通り、夫の自然死を願い憎悪を抱き続ける、なんとも恐ろしい妻にまつわるエピソードである。

■突如壊れてしまった大人たちの心…『ススムちゃん大ショック』

デビルマン』や『キューティーハニー』などを手がけた永井豪さんは、さまざまなジャンルで活躍する漫画界の巨匠の一人だ。バイオレンスな作風も得意とする永井さんだが、その手法を活かしたホラー作品も数多く手掛けている。

 なかでも女性の怖さが際立った一作が、1971年に『週刊少年マガジン』(講談社)で掲載された短編『ススムちゃん大ショック』だ。

 主人公はタイトルにもなっている小学生・ススム。突如として大人が子どもたちを殺害しはじめるという、ショッキングな内容から物語は幕を開ける。

 なんとか友人らと下水道に避難したススムだったが、ラジオを頼りに情報収集をしようにも、この異常事態はニュースとして取り上げられておらず、途方に暮れてしまう。

 そんななか、子どもの一人がこの状況にとある“仮説”を立てる。もともと、親と子は強い絆のようなもので結ばれていたが、それがなんらかの理由で切れてしまったのではないか、と考えたのだ。

 しかし、ススムはこの仮説を強く否定した。ススムは母親のことを強く愛しており、“母が自分を殺すわけがない”と、友人らの制止を振り切り帰宅してしまう。

 辿り着いた自宅には、いつもどおりの笑顔で料理をする母の姿があった。ススムは思わず駆け寄るも、母は振り返り笑顔のままススム目掛けて包丁を振り下ろした。そしてラストは……、あまりにもショッキングすぎる描写にて幕を閉じるのだ。

 大人が子どもを無表情で殺し出すという得体の知れない状況はもちろん、実の母親が躊躇することなく我が子に殺意を向けるというこの狂気的なシーンに、トラウマを植え付けられた読者は多かったことだろう。

 作者の持ち味が存分に発揮された、大ショックどころではすまされない強烈な作品である。

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