■『アイシールド21』蛭魔妖一「ああテメーの口臭か! 牛乳拭いた雑巾の臭いだ!」

 最後に紹介するのは、原作:稲垣理一郎氏・作画:村田雄介氏によるアメフト漫画『アイシールド21』(集英社)に登場する蛭魔妖一だ。泥門デビルバッツの主将にして司令塔である蛭魔は、これまで紹介してきた2人とはまた毛色が違い、天性の煽り屋と言えるキャラクターだ。

 格上のチームに対しても様々な策を用いて優位に立とうとする蛭魔の毒舌が真価を発揮したのが、太陽スフィンクス戦だ。チームメイトの小早川瀬那とダブル主人公である蛭魔だが、その口からはおよそ主人公サイドの人間とは思えないほどのセリフが飛び出したのだ。蛭魔は笠松を怒らせるために「ああテメーの口臭か! 牛乳拭いた雑巾の臭いだ!」と言い放つ。

 さらに続く挑発もかなりすさまじい。「テメーのおふくろさんに泣いて頼まれてなァ 高校生にもなってママンのオッパイ飲むの止めさせてって そのゲロ臭え口いっぱいに砂ねじこんで乳離れさせてやるよ」と煽り倒す。息をするように相手を罵倒する言葉が次から次に飛び出してくるのは、まさに蛭魔ならではのものだ。

 まんまと挑発に乗って激怒した笠松が力技で真っ直ぐ突っ込んでくると、蛭魔はそれを利用する。小結に横からタックルさせ笠松を崩すと、チーム全体で少しずつ前進することができた。そして、それが結果的に得点につながり、太陽スフィンクスのラインが乱れ、前半で1点差まで迫ることになる。

 太陽スフィンクスは泥門のことを弱小チームと馬鹿にしていたのに、蛭魔の奇策によって本来あったはずの実力差を無効化されてしまったのだ。全ては相手の性格までをも読み切って利用する蛭魔の手のひらの上で転がされていた。言動だけを見るとどこまでも悪辣なのに冷徹な戦略家でもあるという蛭魔の痛快さは、他に類を見ないキャラクターだと言えるだろう。

 

 実際に戦う前段階で、言葉だけで敵を怒らせることで戦局を有利な展開に誘導するのは、ある意味で才能であり、実力のうちでもあるのかもしれない。なぜなら、それは相手の弱点を冷静に見極めて「口撃」することで心をかき乱し、本来の力を出させていないということでもあるからだ。孫子の兵法「敵を知り己を知れば百戦危うからず」を体現しているとも言える。戦いにおける毒舌は知略でもあるのだ。

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