■日々を当たり前に生きることの難しさ…『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』タクシーの運転手
続いては『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』より、主人公のハサウェイ・ノアが飛び乗ったタクシーの運転手を紹介しよう。
地球連邦の組織“マン・ハンター”による不法滞在者の理不尽な取り締まりから逃れるため、ハサウェイは通りを走っていたタクシーに飛び乗る。
運転手はハンターの行いに嫌悪感を示しながら、マフティー(反地球連邦組織の名前であり、ハサウェイの偽名としても使用されている)は連邦の閣僚ばかりを襲撃し、なぜハンターを野放しにしているのかという疑問を、まさにマフティーのリーダーであるハサウェイに話し始めるのだ。
市民にも少なからず反連邦の意識があることに僅かな安堵の笑みを浮かべながら共感するハサウェイだが、マフティーは学がありすぎるという言葉に疑問の表情を浮かべる。
最終的には全人類を宇宙に移民させるべく過激な活動をしているマフティーだが、環境汚染の被害が少ないダバオを捨ててまで宇宙に行く必要はなく、多少緑が減り魚が取りづらくなろうと、島民だけなら十分賄えるだろうと言う運転手。マフティーは千年先を見据えた活動をしているのではとハサウェイは言うが、「暇なんだね、その人さ。」と笑い飛ばされてしまう。
地球居住許可証を手に入れるためには、お金をお偉いさんにつぎ込まなければいけないのがこの世界の市民の現状である。壮大な未来を見据える余裕ががあるマフティーを「暇」だと言い、困窮した日々を生き抜くのに精一杯であることを考えると「明後日のことなんか考えられないねぇ。」と言うのだ。
権力や財力、または武力など、持ち得る力を行使し情勢を揺るがすことができる者たちと、波風立てず日常をありのままに生きたいと願う市民の、見ている景色の相違が如実に現れているシーンである。
しかし、宇宙世紀の混沌とした状況はそもそも、地球環境の悪化からはじまったものである。地球の環境を悪化させたのは紛れもない人類で、長い歴史の積み重ねとはいえ誰しもが状況の一部になっていることを忘れてはならない。それを踏まえたうえで、劣悪な生活環境からただ救われたいと思う市民の意思は、未来を見据えて命がけで活動するマフティーにしてみれば、少々傲慢に映ってしまっても仕方がないだろう。
それでも、あまりに現実離れした理想を語るハサウェイより、何気ない運転手の一言に心動かされてしまう筆者は、やはり傲慢な人間なのだろうか……。
宇宙世紀という架空の世界で、大いなる理想をもって戦う者たち。その大戦の傍らで、日常を懸命に生きている一般市民がいる……という、当たり前にも気づかされる瞬間があるのが『ガンダム』シリーズの魅力の一つだ。
MS戦闘や主要キャラたちの行動だけでなく、一般市民たちの何気ない描写も注意深く観察し、耳を傾けてみると、また違った作品の解釈を楽しめるかもしれない。