長い歴史のなかで数多くの名言を残してきた『ガンダム』シリーズのキャラクターたち。各シリーズの主人公をはじめ、敵対するライバルキャラや仲間たちなど無数のキャラが存在するが、激しい戦いのなかで懸命に生きる名もなき一般市民たちも、視聴者の心を動かすセリフを発しているのをご存じだろうか。
今回は数ある作品の中でもとくに筆者の心に刺さった、2人の一般市民について深堀していきたいと思う。
■善意とエゴは紙一重…『機動戦士ガンダムUC』ダイナーの老主人
初めに、『機動戦士ガンダムUC』より、ミネバが立ち寄った荒野のダイナー(食堂のようなもの)の老主人を紹介したい。
マーセナス家から逃亡したミネバが荒野のダイナーにて一人食事をしていると、その気取りのない食べっぷりに感心した老主人から、突然一杯のコーヒーを差し出されるのだ。長く住んだ地球から今さら離れることはできないと話しながらミネバの正面に腰を掛けた老主人は、宇宙世紀の虚しき歴史について語りだす。
経済的に困窮していた人々に加え、地球環境の改善を願い自ら望んで宇宙へ出ていった者も大勢いたが、移民がきっかけで起きた一年戦争によって、地球の環境はより一層悪くなったと話す老主人に、「救われませんね……。」と悲しげな表情を見せるミネバ。だがそんなミネバに老主人は「……まぁしょうがない。全て善意から始まっていることだ。」と話すのである。
地球連邦政府の創立や宇宙移民はもともと、会社を儲けさせたり家族の暮らしを良くしたいと思うのと同様に、人類を救いたいがための善意による政策であったと持論を展開する。
一部の人間のエゴでしかないのではと疑問を呈すミネバだが、「それを否定してしまったら、この世は闇だよ。」と、ミネバを諭すのだ。
一人の善意が、誰かにとっては悪意になる可能性があるということは理解しながらも、人間の「善意」を真っ向から否定することは得策ではないという、老主人の優しさや虚しさ、そして大いなる矛盾をはらんだこの一言を聞いて、複雑な感情になった視聴者も少なくないだろう。
老主人は続けて、人類のためにアクシズを地球に落下させようとしたシャアに対しては胡散臭さを感じたと、善意の全てを肯定することの難しさも語るのである。
善意と善意が激しくぶつかり合うのが戦争。老主人の世代では世界のこの悲しき構造を正す方法が見つからず、次世代に何もしてあげられなかったことを悔いながら生きていると語り、一杯のコーヒーをごちそうするという老主人なりの精一杯の善意をミネバに見せたのだ。
大局を動かす力を持つミネバは、普段交わることのない一般市民のまっすぐな意見を聞き、覚悟を決めたようにダイナーをあとにするのだった。
作中ではほんの3分程度しかなかったミネバと老主人の会話だが、人類の戦いの歴史について深く考えさせられる、『ガンダム』作品屈指の名シーンと言えるだろう。