■ほぼ本人として転生するパターンも!?
ここまで紹介してきたような、偉人がイケメンキャラとなって活躍する例はさして珍しくはない。そんななかで太宰が異彩を放っているのは、“ほぼ本人として転生する”パターンの作品がいくつも存在する点だ。
たとえば2024年にアニメ化されることが決定した『異世界失格』(原作:野田宏氏、作画:若松卓宏氏)。本作では女性と心中しようとした文豪が突如異世界に転移させられ、冒険者となってしまう姿が描かれる。正確にいえばこの主人公が太宰だとは明言されていないのだが、作品タイトルからしても、作中での彼の振る舞いからしても、そのモデルは明らかだろう。
主人公は常にダウナーで冒険をする気はさらさらなく、隙あらば死のうとするし、モンスターに襲われても「グッド・バイ…」とされるがまま。おまけにめちゃくちゃ弱い。太宰の闇要素を抽出してデフォルメしたようなキャラだが、周りとのやりとりがなんともシュールでクスリとさせられてしまう。
同じく異世界モノでいけば、高橋弘氏によるライトノベル『太宰治、異世界転生して勇者になる 〜チートの多い生涯を送って来ました〜』も、流れとしてはよく似ている。
しかし本作において彼が倒すべき魔王は、あの川端康成。実は太宰は第1回芥川賞にノミネートされた際、選考委員の川端が“私生活の問題”を理由に難色をしめしたため、受賞を逃している。これに対する太宰の恨みは非常に深く、落選したのちに川端に宛てた文章のなかで「刺す。そうも思った。大悪党だと思った。」と書いているほどだったので、そのあたりの史実が活かされているようだ。
太宰が芥川賞欲しさに数々の奇行を重ねた話は有名だが、こうした衝撃エピソードに事欠かないのも、彼本人がキャラ化させられやすい理由のひとつだろう。
最後に佐藤友哉氏の『転生!太宰治 転生して、すみません』は、太宰が2017年の日本に転生してしまうという物語。転生した太宰がなんだかんだで現代社会に順応していく姿がコミカルに描かれている。原作は小説だが、須賀今日助氏によってコミカライズもされた。
太宰のセリフやモノローグには彼の文体が反映されており、ひとりだけ句読点がしっかり書き込まれているのが(漫画版だととくに)浮いていて面白い。また太宰の文章に由来するパワーワードも次々と繰り広げられ、彼の言葉の力強さをあらためて思い知らされる。
カプセルホテルに泊まったり、ライトノベルを読んで感心したり、現代の洋服がよくわからずズレた服装でキメたり……。現代ならではのイベントとそのなかで太宰が見せる反応がいちいち彼らしくて、作者の愛を感じる作品だ。太宰が今でも自分の作品が読み継がれていると知って大喜びするシーンなどは、思わず泣き笑いしてしまった。
合間合間で、不仲だった文豪・志賀直哉へのディスりを忘れないのもご愛嬌。もちろん転生しても芥川賞への執着は衰えずだし、川端のこともずっと根に持っている。すぐ自己嫌悪に陥って闇堕ちしかけるのは定番の流れだ。そんな太宰という人間の愛すべき弱さ、人間臭さがこれでもかと描かれているので、本作を読んだ後は彼をちょっと身近に感じてしまうだろう。
衝撃エピソードの数々に、光と闇のギャップ、次々と飛び出すパワーワード……太宰治という人間の特徴はさまざまだが、やはり最大の魅力のひとつといえるのは、あちこちからにじみ出る人間臭さなのではないだろうか。
『人間失格』が有名すぎるせいか暗いイメージを抱かれがちな彼だが、軽やかでユーモラスな作品も数多く残している。一度ハマったら抜け出せない不思議な魅力を持つ文章の数々、ぜひ実際に読んで味わってみてほしい。