■本能のみで動く捕食者・“魚”
魚には知性も感情もなく、刺激と反応のみで生きる原始的な生物だというのが、長年の通説だった。このような生物は、なかなかに恐怖を煽るものがある。
たとえば『渋谷金魚』(蒼伊宏海氏)で空中を泳ぐ巨大な金魚たちは、本能のままに人間を食べる。ブツブツと人語を話してはいるが、ただ機械的に復唱しているだけなので、コミュニケーションは成立しない。性質は普通の金魚と変わらず、音や匂いに反応し、無表情に人を食い殺す。まるでゾンビのような怖さだ。
人間は意思や感情の相互作用を持つ生き物だ。しかし魚相手、ましてや化け物相手となると、それも難しい。野性から離れて久しい人間にとって、むき出しの本能と向き合うことは、このうえない恐怖なのかもしれない。
このあたりの感覚は『進撃の巨人』(諫山創氏)の“無垢の巨人”や、『テラフォーマーズ』(原作・貴家悠氏、作画・橘賢一氏)の“テラフォーマー”あたりとも通ずるものがありそうだ。
■潜在的な罪悪感や死のイメージも…?
前述したように魚は原始的な生物とされてきたせいもあり、その命の扱いは比較的軽いように思う。
鶏肉や豚肉、牛肉は精肉店やスーパーで購入することが一般的だが、自分で釣った魚を自分で捌く人は多い。踊り食いや活け造りの文化も健在だ。また尾頭付きの刺身や煮つけなど、生きていたそのままの姿で食卓に上がるのも魚ならではだろう。さらに子どものころ、金魚すくいや川遊びでとってきた魚を飼育の過程で死なせてしまった経験を持つ人も一定数いると思う。
嫌な言い方をすると、脊椎動物のなかで私たちが一番殺し慣れていて、一番死体を見慣れているのが、おそらく魚だ。そういう経験や記憶が潜在的な罪悪感や死のイメージとして蓄積し、魚の化け物への恐怖心につながっているケースも、あながちありえなくはないだろう。
蛇足だが、魚の名誉のために。2019年、大阪公立大(大阪市立大)大学院の理学研究科の実証実験で“魚に心がある可能性”が示唆され、世界中に大きな衝撃を与えた。今後、研究が進んで魚に対する認識が変われば、魚の化け物の立ち位置もまた違ったものになるかもしれない。