■被害者の一連の動きを予測した神的犯行
続いても、同じくコミックス5巻の「カラオケボックス殺人事件」。人気ロックバンドのボーカルの男が打ち上げ中に青酸カリで死亡するという事件だ。遺書などが見つかったことから当初は自殺として捜査が進められたが、コナンは実は真犯人がいることに気づく。
そのトリックは、犯人が被害者の服のひじ部分にあらかじめ毒を塗っておくというもの。被害者は、いつもカラオケで歌う持ち歌の振付をしたことで自分のひじに触れ、そこで手に毒が付着。その後、素手でおにぎりを食べたことで服毒してしまった。
さまざまな装置を使ってボールをゴールまで転がすNHKの教育番組『ピタゴラスイッチ』の「ピタゴラ装置」のように、さまざまな動きが連鎖することでこのトリックは完成する。しかし、もし彼が歌わなかったら? おにぎりを食べる前に誰かに触れていたら? どれか1つでも狂ってしまえば、トリックは成功しない。
その発想力はすごいが、少しでも条件が変わると実行は不可能。それどころか犯行がバレやすくなってしまう諸刃のトリックと言える。とはいえ、これは被害者の動きを予測しきっていたからこそ実現できた犯行。相手を観察しまくっていたであろう犯人の執念を感じてしまう事件だ。
似たようなトリックは2005年放送のアニメオリジナル「辛く苦く甘い汁」での、電話をして携帯の振動で携帯を棚から落とし、マウスのボタンを押してメールを送るというアリバイ作りの遠隔トリックや、2010年放送のアニメオリジナル「屋上農園の罠」での、被害者に電話をかけ指定の場所に来させたところであらかじめ用意していたレンガをぶつけ、被害者がよろめいたところに水桶を置いておき後頭部を強打させて殺害するというトリックなどでも用いられた。
どれもトリック成功までの工程が多く、運よくその通りにいくことはほとんどなさそうな難易度の高いものばかりだ。
4月28日放送の情報番組『ZIP!』では青山剛昌氏のアトリエを訪問するVTRが放送され、作中に登場するトリックについて実験をしたうえで執筆されている様子が紹介されていた。また医療系のトリックでは医者である弟にヒントをもらうこともあるそうだ。2024年で連載開始から30年を迎える『名探偵コナン』。これだけの長寿作品でありながら、読者の予想のはるか先を行く大胆なトリックを描き続ける青山氏の発想に改めて驚かされる。