バトル漫画によくある図式は、絶対的な王者のような存在とそれに立ち向かう主人公、というものだ。人間の限界を超越したような強さを持つライバルに対して主人公がいかにして戦い、勝つことができるのか、ということが見どころとなる。そして、そんな主人公だけでなく、周囲にも様々な特徴を持ったキャラクターがいて、それぞれがバトルシーンを繰り広げることで華を添えていく。
そうしたキャラクターたちが展開する個々のバトルで、どちらが勝つのかを予想するのも楽しみ方のひとつだ。そして、そんな中で「まさかこのキャラがあのキャラに勝つなんて!?」と予想外なバトルを目にして驚いた経験がある読者も少なくないだろう。そんな、いい意味で予想を裏切る展開を見せた手に汗握るバトルを、厳選して紹介していきたい。
■『はじめの一歩』ブライアン・ホークVS鷹村守
まずは『はじめの一歩』(森川ジョージ氏/講談社)でもベストバウトと名高い一戦、WBC世界ジュニアミドル級チャンピオンのブライアン・ホークに鷹村守が挑戦者として挑んだ世界タイトルマッチだ。
鷹村はホーク陣営の無茶な試合調整によって、過酷な減量を強いられることになった。そのために鷹村は、ベストコンディションとは程遠い状態のまま試合当日を迎える。
試合が開始されると鷹村は序盤からどんどん飛ばしてホークを圧倒していった。それにはホーク陣営も驚かされるが、極度の減量によって自分のスタミナが最終ラウンドまで持たないことを悟っていた鷹村は、勝負は5ラウンドまでと考えていたのだ。
それをホークのセコンドに悟られ、鷹村は5ラウンド以降、逆襲にあって無防備にホークのパンチを受け続けることになる。スタミナが尽きて力の入ったパンチを出せない鷹村は、まるで公開処刑されているかのようで、誰もが勝てないと思ったはずだ。
しかしそんな雰囲気は、7ラウンドに一変する。ついに限界を迎えた鷹村は、意識が飛んだ状態に陥ることで逆に野性の本能を覚醒させたのだ。
野性の力をむき出しにした鷹村は、ホークを殺すという気持ちで拳を振るう。その姿は野性と科学が融合したボクサーとしての理想像とも言えるもので、ホークは優勢から一転して窮地へと立たされることになった。
そのまま最後まで力で押し切った鷹村は、ホークから勝利と世界チャンピオンのベルトを奪い取る形となった。主人公の幕之内一歩からして逆転の展開が定番の『はじめの一歩』だが、その中でも随一のアツい逆転劇だったと言えるだろう。
■『刃牙道』宮本武蔵VS本部以蔵
次は『刃牙道』(板垣恵介氏/秋田書店)での宮本武蔵と本部以蔵との戦いだ。武蔵は言わずと知れた最高峰の剣豪で、誰もが目標とする人物でもある。一方の本部はというと、作中での格闘家としての評価はあまり高くない。
それはなぜかといえば、『グラップラー刃牙』の序盤から登場するキャラクターでありながら、過去の戦いでは目立った結果を残せていなかったからだ。たとえば「最大トーナメント編」では、初戦で相撲取りの金竜山にあっさりと敗北してしまっている。そうしたことから、本部は弱いと思われてしまっていた。
しかし、それは得意な分野での戦いではなかったということも影響していた。本部が本領を発揮できるのは、何でもありでの武器を用いた戦いなのだ。そしてあらゆる武器を扱えるからこそ、自分しか武蔵とは戦えないという自負を持っていた。それは地上最強の生物の範馬勇次郎に対しても「君らの身は俺が守護る」と啖呵を切るほどのものだった。
そんな本部だが、どんなに頑張ってもさすがに武蔵には勝てないだろう……と誰もが予想したはずだ。しかし、本部は至近距離から一升瓶で殴りつける奇襲を掛けると、煙玉や鎖分銅を使って武蔵を追い込んでいく。
武蔵は刀を振るって反撃するも、本部が全身に施した防具によって致命傷を与えることができず、一瞬の隙を突いて裸絞めで武蔵の意識を失わせた本部の勝利となった。
この結果は、「強さ」にはいろいろな形があることを示してもいる。相手をいつでも殺せるのに敢えてそうしなかった武蔵にも、何でもありで武器や道具を駆使した実践的な戦いで勝ちをもぎ取った本部にも、それぞれ違った「強さ」がある。本部の「強さ」の本質が現れたこの一戦は、それまでの評価を覆すのに余りあるものだったと言えるだろう。