手塚治虫氏の『ブラック・ジャック』の主人公であるブラック・ジャック(以下BJ)は、孤高の天才外科医である。しかしそんな彼も完全に孤独というわけではなく、今はピノコがそばにいるし、その時々で友人もいる。また一度できた縁はとても大切にするところが彼のかっこいいところである。そこで今回は、BJと彼の大切な友のドラマを描いたエピソードを厳選して紹介したい。
※なお記事内に出てくる巻数は、すべて秋田文庫版のものを指す。
■BJの人生を変えた友の存在「友よいずこ」
2巻収録の「友よいずこ」は、BJの顔の皮膚にまつわる過去を描くエピソードだ。ご存知の通りBJは顔がツギハギになっていて、右半分と左半分とでは皮膚の色が微妙に違う。その背景には、かつて彼が爆発事故に遭い本間先生の手術で救われた際、移植するための皮膚をくれた友の存在があった。
幼き日のBJ——クロオを手術する際、本間先生は移植に適するあたらしい皮膚を求め、お見舞いに来ていたクロオのクラスメイトに提供をお願いする。子どもの皮膚のほうが再生力が強く、移植がうまくいく可能性が高いからだ。しかしその話を聞いた途端、子ども本人やその親は「いくらなんでもこどもの皮膚を移植だなんて……」「ぼくクロオはキライ!!」などと言って、そそくさと帰ってしまう。
そんななか、たったひとり残ってくれたのが、クロオの友人であるタカシだった。黒人のルーツをもつタカシの肌はクロオのそれと色が異なったが、おかげで完治したクロオは彼に深く感謝。しかしタカシはクロオの入院中に転校してしまい、二人は離れ離れになってしまう。
それでもクロオはタカシの友情を決して忘れず、成長してからも周りに何を言われようが移植手術をやり直そうとはしなかった。やがて外科医BJとして活躍するようになってからは、世界中行く先々でタカシについてたずねることに。手がかりがまるでない状態だというのに、少しでも希望があればあちこち飛び回る姿には、BJの義理堅い一面がよくあらわれている。
やがてBJはタカシから手紙を受け取り、彼が今何をしているのか知るのだが……。このエピソードを念頭に置いたうえであらためて作品全体を読んでみると、BJがタカシから大きな影響を受けていることがところどころで察せられる。BJの人生や価値観を大きく変えた友人の存在に、思わずしんみりとしてしまう。
■正反対のふたりの友情に涙「笑い上戸」
続いてはBJが学生時代に出会った大切な友達についてのエピソード――12巻収録の「笑い上戸」だ。BJファンのなかには、このタイトルを見ただけでうっかり涙腺がゆるんでしまう方もいるのではないだろうか。かくいう筆者もそのうちのひとりである。
その友達は「ゲラ」というあだ名で親しまれる通り、ちょっとしたことですぐ大笑いする笑い上戸だった。ゲラの笑い声は底抜けに明るく、学校中に響き渡るほどに大きく、聞くと思わず一緒になって笑ってしまうような代物。彼の笑い声のおかげで学校は明るい空気で満たされていたが、そのなかでただひとり、いつも暗い顔をしているのがクロオだった。
当時、爆発事故の原因である人間に復讐することしか頭になかったクロオは、人間を殺す練習としてダーツ投げばかりしていた。ゲラとは正反対の存在だったわけだが、どこか引かれ合うものがあったのか、ふたりはいつの間にか仲良くなる。やがてクロオは、ゲラもまた壮絶な過去の持ち主であり、彼がそれにもかかわらず明るく笑って生きようとしていることを知る……。
笑いを忘れたクロオがゲラと接するうち、少しずつ変わっていく姿が微笑ましい。“笑い”という感情にまつわるゲラの名言や、ゲラに「笑ったら?」と言われて下手くそな笑顔を作るクロオなど、忘れがたい場面が数多くある。
そのあと物語は急展開を迎え、切なくも美しいラストにたどりつくことに。意外とお茶目な一面もあることで知られるBJだが、ゲラと出会わなければきっと彼はもっと違った人間になっていただろう。