■『はじめの一歩』鷹村守の“野性“と“科学”の融合!

はじめの一歩』(森川ジョージ氏/講談社)は、1989年の開始から30年以上にわたって連載され、単行本もゆうに100巻を超えるという偉業を成し遂げたボクシング漫画。その長い連載の中では、誰もが胸を高鳴らせる名勝負の数々が繰り広げられてきた。その1つが、鷹村守とブライアン・ホークの世界戦だ。

 この一戦はホーク陣営の無理な要求に応じたことで、鷹村にとってかなり不利な戦いとなった。一番の問題は、急激な減量によるスタミナ不足。鷹村自身も全力で戦えるのは5ラウンドまでと考えていた。そして、その予想通りスタミナ切れを起こしてしまう。鷹村はホークの攻勢を必死に耐えるが、ついに意識が途切れてしまったその瞬間、まさかの出来事が起こる。それが鷹村の覚醒だ。

 破天荒に見える鷹村だが、実は普段、持ち味である本能的な野性の力を理性によって抑えていた。しかし、意識を失ったことによって制御不能となり、本能のままに動き出した鷹村の動きは研ぎ澄まされ、ホークを撲殺するためだけに拳を振るう。そのまま一方的な展開となり、ホークのトレーナーであるミゲルまでも「見事なまでの……野性と科学の融合した姿! アレこそはボクサーの……理想像だ!!」と称賛せざるを得なかった。

 このシーンの見どころは、何といっても窮地に追い込まれて初めて引き出された鷹村の「本気」だろう。それまでは試合でもどこかふざけていた鷹村が初めて本気になったことで、「やっぱり別格!」とあらためて実感させられる名勝負だ。

 無意識状態に陥って覚醒して、それまでとは一線を画する強さを発揮するキャラは、ただ単に「急に強くなる」わけではない。あくまでそれぞれが地道に積み上げてきた努力や隠れた才能があるからこそ、隠された真の実力が発現するのだ。そして、そうした力がそれまでは見せられなかった理由にも人間らしさが垣間見えて、そのギャップにこそ読者は魅力を感じてしまうのだろう。

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