■BJの表情が切なすぎる「湯治場の二人」
5巻収録の「湯治場の二人」では、馮二斉という刀鍛冶が登場する。彼は金を燃やすことを楽しみにしている変人だが、その腕はBJが「古今随一の刀鍛冶だ」と絶賛するほどだ。このエピソードでメスを研いでもらいにきたBJは、同じく針の手入れを頼みに来た盲目の鍼師・琵琶丸と鉢合わせることになる。
道具をちょっと見ただけで、患者の数やミスを言い当てるほどの目を持つ馮二斉。彼は医者に対してあまり良い感情を持っていないようで、BJにも「おまえさんのおぼえたことはろくでもないことだ」と、厳しい言葉を投げていた。
彼は二人の道具を手入れし終わったあとに倒れ、琵琶丸とBJがそれぞれ必死に救おうとするも命を落としてしまう。しかし本人は死期を悟ったうえですべてを受け入れており、二人に宛てて「天地神明にさからうことなかれ」「生き死にはものの常也」という遺書を残していた。どこか本間先生の考えにも通ずるところのある言葉だ。
この遺書を見たうえで、それでも「私には切るだけが人生なんだ」とつぶやくBJ。そのとき見せた表情がなんとも切なく、彼の心の柔らかい部分を垣間見たような気になってしまう。
生きものの生き死には神様の領域。そうとわかっていても、われわれ人間は自分自身、そして大切な人のためにあがき続けるのをやめることができない。BJでさえそんな人間のひとりであることを、今回紹介したエピソードたちはあらためて思い知らせてくれる。