多種多様な個性や強みを持つライバルたちとしのぎを削る格闘漫画からは、数々の名勝負が生まれてきた。実力が拮抗し、お互いの相性なども加味して繰り広げられる戦いには、最後まで展開が読めない面白さがある。
絶体絶命の窮地に追い込まれていたキャラが思いもよらぬ発想で大逆転したり、これまで封印していた技を初披露し周囲をどよめかせたり、試合がどのような技でフィニッシュを迎えるかは格闘漫画の醍醐味。そこには作者それぞれの「格闘技」への哲学が込められているのではないだろうか。
そこで今回は、大の格闘漫画好きの筆者が「これは予想外だった」と感じた格闘漫画のバトルをいくつか選んで紹介していきたい。
■そんな技で決まっちゃうの!? 『修羅の門 第弐門』陸奥九十九VS海堂晃
川原正敏氏による『修羅の門』(講談社)は、古武術・陸奥圓明流の継承者である主人公・陸奥九十九が様々な強敵たちと戦う格闘漫画だ。
陸奥圓明流は武術というよりも、相手を確実に殺すための暗殺術。1000年の間無敗を誇り、一子相伝・門外不出で受け継がれてきたその技を会得した九十九が、体格差をものともせずに現代の格闘家たちと戦うロマンある作品だ。
そんな九十九が最大のライバルとして認めたのが空手家の海堂晃だ。神武館の4強、「四鬼竜」の筆頭である海堂は、一度は九十九に敗れるも、そこから修行を経てあらゆる技を呑み込む「空」を習得し、九十九との再戦を果たすことになった。
九十九が駆使する陸奥圓明流の技は、ひとつひとつの殺傷能力が高く、中でも奥義のさらに上に位置づけられる「四門」は禁断の技で、その「門」を開くことによって、一時的にではあるが身体能力を極限まで高めることができる。しかしその分、肉体に掛かる負担は大きくリスクは高い。
海堂との戦いで九十九は、あらゆる技を惜しみなく繰り出すが、海堂の「空」によって受け流されそのまま反撃を許してしまう。これには九十九も成すすべがなく、ついに四門の全てを開くことになる。もはや人間を超越したとも言える九十九の動きは、それを目で追うことすら常人には難しいが、海堂は冷静にその攻撃を避け続ける。しかし、肉体の限界を迎えていた九十九は、苦し紛れのように蹴り上げた足を見えない角度で切り返し、海堂の後頭部に軽く当てるのだった。
普通であれば軽すぎて有効ではないはずの打撃だったが、四門を開き極限まで身体能力を高めた状態だったため、これが決着を決める攻撃となった。
死闘を制したのが結果的には陸奥圓明流の技ではなく、およそこのレベルの実戦では使えないと思われるほどのトリッキーな技だったことに、筆者同様に驚いた読者は多かったのではないだろうか。
■“力”対“技”のはずが…『グラップラー刃牙』範馬刃牙VSジャック・ハンマー
板垣恵介氏の格闘漫画『グラップラー刃牙』(秋田書店)にも驚くような決着がある。それは、最大トーナメント編での決勝戦だ。主人公・範馬刃牙と、その腹違いの兄であることを戦いの前に明かしたジャック・ハンマーとの一戦は、誰もが力と技の応酬となると思ったことだろう。
格闘家としては恵まれた体格ではない刃牙は、体を極限まで硬直させ関節を固定することで拳に全体重を乗せる「剛体術」や、攻撃を避ける動体視力や反射神経の良さ、的確に急所を撃ち抜く鋭い攻撃など、体格の不利を補える多彩な技を持っている。
一方のジャックは、常軌を逸したドーピングや肉体改造によって手に入れた身長と筋肉量を生かした攻撃に加え、戦い方としては噛み付きもいとわない凶暴さを備えている。いかにも対照的な2人の戦いであるだけに、ジャックの「力」に対して、刃牙がどんな「技」を駆使して戦うのかに注目していた。
しかし、そんな刃牙とジャックの戦いの決着は、意外な形で訪れることとなる。「これ…最後の技です…」とジャックに語りかけた刃牙は、それまでには使用したことがないフロントネックロックを仕掛けたのだ。別名ギロチンチョークとも言われるこの技は、プロレスや総合格闘技などでもよく見られるものだ。
そして、そのまま刃牙が締め上げると、その背中には2人の父親である地上最強の生物・範馬勇次郎と同じ鬼の貌が浮かび上がり、ジャックはそのまま敗北することとなった。まさか刃牙が腕力でジャックを上回るとは予想ができず、しかもそのフィニッシュが「シンプルにしてディープ」な技だっただけに、いかにも意外すぎる結末だった。