『機動戦士ガンダム』は、純文学である。……とは言い過ぎかもしれないが、大人になってから本作を見てみると、人間の普遍的なあり方や心情描写が丁寧に描かれていることが分かる。それも極めて抒情的にだ。
そんな美しい描写の数々から、今回はフラウ・ボゥの心の動きに触れていきたいと思う。アムロ・レイのガールフレンドとして知られる彼女が『機動戦士Zガンダム』ではフラウ・コバヤシとして登場し、「アムロじゃなくてハヤト・コバヤシと結婚してる!」と驚いたファンは多いだろう。
なぜフラウ・ボゥはアムロからハヤトへと心変わりをしたのか。一般的な女性心理に則りつつ、同じ女性目線で振り返っていきたいと思う。
■遠くのものに恋はできない
フラウ・ボゥの心がアムロから離れていく描写は、アムロの成長の過程を描くうえでも象徴的なものだ。最初はただのメカオタクで、フラウ・ボゥが身の回りの世話をしなければ何もできなかったアムロ。
しかし回が進むにつれて、彼はガンダムのパイロットとして真価を発揮し、とくにニュータイプ覚醒後は人間離れした能力で周囲を圧倒していく。フラウ・ボゥもまた、アムロが遠い存在になっていくのを感じていた。
そんなフラウ・ボゥの心中がはっきり表れたのが、35話「ソロモン攻略戦」でのセリフだ。アムロへの対抗心から悔しがるハヤトに、フラウ・ボゥはこう告げる。「ハヤト。アムロは、違うわあの人は。私たちとは違うのよ」と。
誰かと深い関係性を築く条件の一つは、自分とある程度同じ世界観を共有できること。これは男女関係なく共通することだろう。とくに女性は、相手と体験や感情を共有したいと考える人が多い。(脳梁が太いからとか狩猟採集時代の名残だとか、科学的エビデンスはさておき、実際にその傾向は強いと思う)
自分の理解や共感の範疇を超える人と一緒にいるのは、きっと同じ状況下で男性が感じるよりも寂しくてつらい。それなら、自分と同じ“普通の人間”として理解できるハヤトへ……女性の心変わりの理由としては十分だ。
■15歳の女心が垣間見えた瞬間
この35話のセリフがフラウ・ボゥの一種の決意の表れだとするならば、そこに至るまでの大きな転機となったのは、14話「時間よ、とまれ」のワンシーンではないかと思う。
女性上官のマチルダ・アジャンにすっかり夢中のアムロ。夜遅くに自室に戻ってくると、部屋の前でアムロを待つフラウ・ボゥの姿が。襟を立てた大きめのコートを肩にかけ、内側から手で前を留めている。足元は素足にスリッパ。コートの隙間から短いスカートのようなものが見えるが、何を着ているのかまでは分からない。なんとも色っぽいシーンだ。
ここからは、15歳の少女の覚悟が窺える。尽くせども尽くせどもアムロは振り向いてくれないし、それどころかどんどん離れていき、挙句の果てには大人の女性相手にすっかりのぼせ上がっている。それならばと、いつもと違う出で立ちで、夜遅くにアムロの部屋を訪れる……。つまりフラウ・ボゥはアムロの心を確認するため、そして、つなぎとめるために覚悟を持って訪ねてきたのではないだろうか。
それなのにアムロは部屋にいない……。「どこに行ってたの?」と尋ねると、「トイレさ」と答える。トイレとは違う方向から帰ってきておいて。この咄嗟の嘘から、フラウ・ボゥは彼がマチルダに会いに行っていたことに勘付いたはずだ。
せっかくの覚悟に水を差されたというか、踏みにじられた気分にさえなったかもしれない。そんな状態で「何だい?」と聞かれたって、「ううん、何でもないわ」と答えて去るしかない。そして、当のアムロはそのまま部屋に入ってしまう。
……おい気づけよニュータイプ!「じゃあちゃんと言えばいい」と思う人は多いだろうし、その通りだと思う。でも、言わずとも悟ってほしいのが女心というものなのだ……たぶん。
アムロの部屋のドアが閉まったあと、廊下で一人振り向くフラウ・ボゥ。その小さな後ろ姿には、“こんな不毛な関係には早く見切りをつけるべきだわ”という諦めと、“それでも、もしかしたら……”と、捨てきれない期待に揺れ動く女心が表れている気がしてならない。