■ケルベロスの幻影を操る意外な真犯人「魔犬の森の殺人」
「魔犬の森の殺人」は、シリーズの中でも特に悲劇的な結末で、犯人に同情した読者が多かった事件ではないだろうか。筆者も当時、読みながら涙が止まらなかったのを覚えている。
事件は、山梨県へのキノコ狩りに出かけた金田一と美雪、不動高校の同級生たちが、その最中に迷ってしまい、廃墟となった研究所でオカルト研究会の大学生たちと出会ったことから始まる。翌朝、野犬に襲われた死体が発見され、さらに伝説の魔犬「ケルベロス」の存在まで示唆される事態に発展し、次々にメンバーが殺害されていくことに……。
この事件では、狂犬病に冒されていると思われる野犬たちとケルベロスによる襲撃だという前提で物語が進行していく。というのも、真犯人の心理的な誘導により、ケルベロスが実在していると巧みに演出されていたからだ。筆者の印象に残っているのは、犯人の存在が明らかになった、被害者の1人によるダイイングメッセージだ。被害者の遺体の側に落ちていた果物。そして、メロンに潰されたトマト……。この意味に気づいたとき、当時の読者の多くが絶望したのではないだろうか。
真相を知ると、ケルベロスという存在を信じ込ませるため、相当な準備をして事件に臨んだ犯人がまだ高校生であるという事実に驚かされた。そんな犯人が殺人に手を染めたのは、ある事情による被害者たちへの復讐が目的だった。やむにやまれぬ理由とはいえ取り返しの付かない罪を犯した犯人には、金田一と笑い合った日々が戻ってくることはもはやないのだ。
以上、『金田一少年の事件簿』から、主人公・金田一一と同じ不動高校の生徒が犯人だった事件を2つ紹介した。いかに高校生離れした名探偵ぶりを見せる金田一とはいえ、身近な存在である彼らが真犯人であることを暴かなくてはならない心情は察するにあまりある。これらの事件には、犠牲者の名前に大きなヒントが隠されているということや、犯人の動機などに共通する部分があるのが、物語としては興味深いところだ。事件のたびに多くの犠牲者が出るのが『金田一少年の事件簿』の世界だが、その犯人が高校生で、しかも主人公と同じ高校であるというのは意外性もあり、より強く印象に残る結果となっていると言えるだろう。
ちなみに、これ以外にも不動高校の生徒や、金田一たちに近しい関係者が起こした事件もあり、それぞれに味わい深いものがある。この機会にぜひ、読み返してみてはいかがだろうか。