当然のことではあるが、漫画には必ず作者がいる。つまり漫画とは、人間によって作られた作品である。意図的であれ無意識であれ、作品には作り手の価値観や心情、パーソナリティなどが少なからず投影されるものだろう。
今回は、作者の投影が見られる漫画のキャラクターを3つピックアップして紹介したい。
■漫画家としての理想の姿『ジョジョの奇妙な冒険』岸辺露伴
荒木飛呂彦氏による『ジョジョの奇妙な冒険』の第4部「ダイヤモンドは砕けない」に登場する岸辺露伴は、本作を代表する人気キャラだ。
スピンオフ作品『岸辺露伴は動かない』が、2020年に高橋一生主演でドラマ化されたのは記憶に新しい。さらに2023年5月26日には、長編映画『岸辺露伴 ルーヴルへ行く』の公開も控えているというから楽しみだ。
この岸辺は漫画家ということもあり、荒木氏が自身を投影したキャラではないかと言われてきた。実際、露伴の作品作りに対するストイックさや、創作のスタイル(週5日で週刊連載を回している)、規則正しい生活習慣などは、インタビューなどから周知される作者の姿と似通っている。
しかし当の本人は、2008年『ジャンプスクエア』1月号掲載のインタビューにおいて、“岸辺露伴のモデル=荒木飛呂彦”説を否定したうえで、露伴を“漫画家にとっての理想像を具現化したもの”としている。それでもやはり露伴のイメージが強いらしく、初対面の人には身構えられることも多いそうだが……。
性格はともかく、理想像である露伴と漫画家としての共通点が多いということは、作者にとって理想に近い創作活動ができているということなのだろう。長年にわたって、『ジョジョ』シリーズを週刊連載で描き続けてきたのにもうなずける。
■「血の叫び」を代弁させた『幽☆遊☆白書』樹
冨樫義博氏の『幽☆遊☆白書』に登場する樹は、派手な見せ場のあるキャラクターではない。“闇撫”という種族の妖怪で、“影ノ手”で次元を操る能力を持つ。「魔界の扉編」最大の敵である仙水忍のパートナーとして登場するが、樹自身が直接戦うことはなく傍観者という立場に徹する。
そして、魔族として覚醒した浦飯幽助に仙水が敗れると、樹は仙水の亡骸を抱えて「これからは二人で静かに時を過ごす」「オレ達はもう飽きたんだ」「お前らは また別の敵を見つけ 戦い続けるがいい」と言い残し、そのまま姿を消した。
この樹のセリフが当時の疲弊しきった作者の“心の声”を代弁しているというのは、ファンの間では比較的有名な話のようだ。
のちに冨樫氏は本人制作の同人誌において、連載当時の心境を語っている。そのなかで、仙水と幽助の戦闘シーンあたりでは、原稿に向かうと吐き気がするほど漫画を描きたくなくなっていたこと、そのとき初めて“もう幽白はやめよう”と編集に頼み込んだことを明かしている。また「最後の樹の捨てゼリフには当時の原作者(オレ)の血の叫びが入ってた(笑)」とある。
漫画家といえども、自分の表現したいものを何でも自由に描けるわけでもないだろう。ましてや『週刊少年ジャンプ』という国民的な雑誌の代表作ともなれば、単行本の売れ行きや読者の反応など、擦り合わせや忖度が必要な場面も多いと思われる。夢を叶えた売れっ子漫画家にしか分からない苦悩や葛藤が、あの短いセリフには込められていたのかもしれない。