個性的なキャラクターや意表を突いた展開で、読者の笑いを誘う「ギャグ漫画」。人々を笑わせる痛快、愉快な作品を手掛ける一方で、他作品とあまりにもギャップのあるシリアスな作品を手がけている漫画家も存在する。
今回はギャグ漫画家たちが手がけた、インパクト大なシリアス路線の作品について紹介していこう。
■人間の持つ“負”の側面をえぐり込むバイオレンスアクション『狂四郎2030』
『週刊少年ジャンプ』(集英社)にて、『シェイプアップ乱』や『ジャングルの王者ターちゃん♡』といったギャグ漫画を手掛けたのは、漫画家の徳弘正也氏だ。
徳弘氏の漫画はいわゆる“下ネタ”を惜しまない痛快なギャグが特徴で、とくに『ジャングルの王者ターちゃん♡』は格闘バトル漫画でありながら、その随所に盛り込まれたギャグとの調和が実に小気味良い。
そんな徳弘氏が『スーパージャンプ』(集英社)で1997年より連載を開始したのが、『狂四郎2030』だ。第三次世界大戦後の架空の日本を舞台に、荒廃した大地に生きる主人公・狂四郎の闘いの日々を描いている。
アクションものとギャグの融合という『ジャングルの王者ターちゃん♡』にも似通ったテイストの作品だが、本作では“遺伝子の優劣”、“徹底的な管理社会”、“人殺しの心理”、“理想郷の闇”……といった、現代社会にもどこか通じかねない人間の“負”の部分を鋭くえぐっているのが最大の特徴だ。
それゆえにストーリーも鬱屈とした展開が多く、殺人などの強烈なシーンもたびたび登場する実にシリアスな一作となっている。
だが、それでも“ギャグ”をしっかりと盛り込んでくるのが、徳弘氏の真骨頂だろう。シリアス極まりないシーンにさりげなく“下ネタ”を盛り込むことで、ストーリーに独特の緩急を生み出すその手腕には脱帽してしまう。
“人間とはどうあるべきか”という骨太なストーリーに加え、生きるか死ぬかを賭けた壮絶なアクションと、強烈なインパクトで放たれるギャグにほっこりしてしまう、徳弘氏の新境地を切り開いた一作だ。
■人殺しの道へと沈み込んでいくサスペンスホラー『ヒミズ』
1993年に『週刊ヤングマガジン』(講談社)にて、ギャグ漫画『行け!稲中卓球部』にてデビューし、以降も『僕といっしょ』、『グリーンヒル』といった数々のギャグ漫画を生み出したのは、漫画家の古谷実氏だ。
デビュー作の『行け!稲中卓球部』は卓球部に在籍する中学生を軸に意表を突いたギャグを展開しつつも、少年・少女が抱く思春期特有の葛藤も描いており、以降の作品では徐々にギャグだけでなくメッセージ性を含んだストーリーが展開されるようになる。
そんな古谷氏が2001年から『週刊ヤングマガジン』(講談社)にて連載を開始したのが『ヒミズ』だ。この作品では過去作のようなギャグを一切撤廃し、キャラクターの心理描写、状況描写に重きを置いたシリアスな一作となっている。
今までの作品でもギャグとしての暴力描写は多々見られたが、本作のそれはよりリアルかつ陰惨なものとなっており、作中通して終始重々しい空気のなか、ストーリーが展開される。
不遇な環境に追いやられた中学3年生の主人公が、駆け落ちによって母を失い、ひょんなことから父を殺害してしまったことで人生の歯車が狂っていく。普通の人生を送ることを諦め、“悪い奴”を殺す……という思いに縛られ、彼は夜の街を徘徊するようになってしまう。
世界にあり得るであろう“理不尽”と、それによって一切の未来を奪われてしまった少年の“絶望”を、これでもかと痛烈に描き切った一作。
本作品のキャッチコピーは「笑いの時代は終わりました…。これより、不道徳の時間を始めます。」とこれまた強烈であり、古谷氏が手掛けた過去の作品を知れば知るほど、そのギャップに驚かされてしまう。