2023年の今年、連載50周年を迎える手塚治虫氏の漫画『ブラック・ジャック』。本作の主人公であるブラック・ジャックは神とも評されるほど優秀な外科医で、作中で数多くの難しい手術を成功させてきた。
ブラック・ジャックはほとんどの回で素晴らしい腕前を見せているが、今回はそのなかからとくに印象的だった神業を3つ紹介する。いろいろな意味でぶっ飛んでいる彼の魅力を、ぜひとも堪能してみてほしい。
■病院がジャックされても動じず! 真っ暗闇のなかでの手探り手術
はじめに紹介するのは「病院ジャック」(秋田文庫第2巻収録)で描かれた神業である。このエピソードの冒頭では、とある病院でブラック・ジャックと医師たちが手術しているところに、いきなりテロリストが乗り込んでくる。
銃を突きつけられ、オペを中断するよう言われたブラック・ジャックたち。しかもテロリストは、自分たちの出した要求を政府が受け入れなければ、報復として病院の電源をすべて破壊するという。
患者の傷口をふさぐこともできず、政府が決断を下すまで一時間何もせず待っているよう強いられた医師たちは、ある者は「手術をつづけさせろ」と憤慨し、またある者はテロリストと交渉しようとした。しかしブラック・ジャックはほぼ無言で固まっており、誰が何を言おうと上の空。周りも思わず「キモをつぶしてぼう然となってるのさ」「気が小さいんだよ」と陰口を叩いていた。
しかし政府が取引に応じず、テロリストが宣言通り病院の電源を壊し尽くしてしまったとき、ブラック・ジャックの意図が明かされる。彼は停電したときのことを考えて1時間じっと患者の患部を見つめ続け、そのすべてを覚えてしまったというのだ。そしてその言葉通り、いっさいの光がない真っ暗闇の状態でも手術を続け、見事成功させてみせる。
天才的な手術の腕となんとしても患者を救うという執念を持ち、常に冷静さを失わないブラック・ジャックだからこそできる神業だろう。手術が無事終わって電気が復旧し、その処置の完全さを目の当たりにした医師たちのあいだで、自然に拍手が沸き起こったのにも納得である。
■自分の身体にも冷静にメスを…セルフ手術もお手のもの
ご存知の方も多いだろうが、ブラック・ジャックは必要とあらば自身の手術をすることもある。「ディンゴ」(秋田文庫第3巻収録)では腸から寄生虫を取り出し、「骨肉」(同10巻収録)ではゴロツキに襲われてグチャグチャになった脚をオペし、「ピノコ再び」(同17巻収録)では腹膜炎を手術している。
寄生虫のエピソードの場合、周りに医者どころか人間すらいない状況だったのでやむをえずだが、腹膜炎のときは知り合いの医者に「うちへ入院をしたら?」と言われても断っていた。脚の手術もほかの医師に任せては切断されそうだったという理由があるものの、それでも「じゃあ自分でやる」となるのは相当なものである。天才的な腕を持つからこそ、他人に任せて痛い目を見るくらいなら、すべて自力でやったほうがマシだと思うのかもしれない。
また自分自身を手術するときもその手さばきは正確そのもので、脚の手術をしたときは周りから“まるで悪魔がのりうつったように正確だ”と感心……というか、もはやドン引きされていた。
腹膜炎の手術をしたときは「自分で自分のからだを手術するのも まあ話のタネだろう」とひとりごとを言っており、思わずクスリ。彼自身もぶっ飛んだことをやっているという自覚はあるらしい。
ちなみに実際にソ連の医師が自分の盲腸を摘出した例などもあり、あながち現実離れした話というわけでもないようだ。それにしても例外中の例外ではあるだろうが……。