2022年12月10日・11日、実写化やアニメ映画化もされた人気青春小説『君の膵臓をたべたい』の初の朗読劇が上演された。4人のキャストによって紡がれていく本作は、なんと全役Wキャスト。本公演の幕を開けた10日昼公演は、島﨑信長、悠木 碧、原紗友里、中島ヨシキという顔触れによる公演となった(夜公演は岡本信彦、直田姫奈、古賀葵、伊東健人が出演)。
■ひとつの役を二人で演じる、文楽を思わせる手法
本作の主人公は、人との関わりを極力避けている高校生「僕」。彼が偶然、クラスメイトの桜良が「膵臓の病気を患い余命わずか」と知ったことから、物語は始まっていく。病を患いながら見た目は健康そのもので、明るく日々を過ごす桜良。そんな彼女の「死ぬ前にやりたいこと」に付き合わされ、奔放な彼女に振り回されていくうちに、閉じていた「僕」の内面に変化が起きていく。
舞台美術はごくシンプルだ。4人のキャストそれぞれに高さの違う2畳ほどの台が用意され、学校用の机といす、そしてマイクがセットされているだけ。その他のセットはなく、背後のスクリーンも黒一色のシンプルなもの。さらに驚いたことに、劇中では音楽や音響効果もごくわずか。照明も、キャストを照らすスポットライトに色味をつけているくらいで、映像演出もほとんどない。そんな珍しいほどにストイックで抑制された空間は、声優の声と芝居、そしてこの作品そのものの力を浮き彫りにしていた。
またもうひとつ、本作の大きな特徴となったのが、地の文の表現だ。原作小説は「僕」の一人称であり、地の文を語っているのは「僕」自身。それを「僕」役の島﨑ではなく、「ガムの彼」役の中島が語り手として担っていた。つまり「僕」が声に出さない思考を中島が、「僕」が声に出した言葉を島﨑が担当し、二人で一人の人物を分け合って演じていく……という非常に珍しく難しい試みだ。人形と人形遣いが独立しながらも一体となって表現する文楽を思わせる、朗読劇という表現の可能性を感じる演出だった。
■悠木碧がもたらす鮮やかな色彩と推進力
まずは、余命わずかなヒロイン・桜良を演じた悠木碧から語りたい。悠木が描き出した桜良は、本作に鮮やかな色彩をもたらす華やかさを放ちながらも、誰もが「自分の学校にもいそう」と思い浮かべられるリアルさもある高校生。そのリアリティの調整も見事だったが、何より笑い声の躍動感といったら! 彼女の笑い声だけが響く重要なシーンがあるが、その声を聴いただけで、あのいたずらっぽく笑う笑顔が脳裏によみがえる。
また悠木のカラフルな芝居がもたらしていた推進力も印象深い。悠木は片手で台本を持ち、もう片方の手で身振りを交えながら演じていたのだが、その雄弁さと引力は観客の目を強く惹きつけて離さない。完全に心を閉ざしている島﨑の「僕」が静なら、悠木の桜良は間違いなく動。メリハリのある関係性が刺激的なペアだった。
そんな桜良の親友・恭子を演じたのが、原紗友里。親友と妙に親しい「僕」を敵視するが、それは桜良への愛情ゆえ。少々直情的だが、素直で情深い人物像が、原の表裏のない芝居からは伝わってきた。なかなか一筋縄ではいかない性格の桜良が“親友”と呼び、信頼を寄せるのも納得の安定感。彼女たちのやり取りが描かれるのは、ほんのわずかな時間なのだが、桜良が周囲から深く愛されており、そこでの日常を大切に思っていたことが伝わってきた。また原は恭子役以外に、「僕」の母親役と桜良の母親役も兼任。年齢や性格が異なる女性たちを、的確に演じ分けていた。
■成長する瞬間の光を捉えた島﨑信長の芝居
中島ヨシキは、役名としては「僕」と桜良のクラスメイトである「ガムの彼」なのだが、前述の通りほぼ全編に渡って地の文の語りを担当。「これはもはや、もう一人の主人公なのでは……」と思わざるを得ないほど重要な役割だが、中島と島﨑は衝突することなく、成立させていた。
またもちろん中島は、本役である「ガムの彼」として登場するシーンもある(さらに学級委員役も彼が演じている)。ただし「ガムの彼」が登場するのは、もっぱら「僕」との会話シーン。「僕」の地の文を落ち着いた声音で語っていた次の瞬間、ハリのある声で「ガムの彼」を演じる、その切り替えの鮮やかさは見事。地の文、「ガムの彼」のセリフ、「僕」のセリフ。まったく観客を混乱させることなく、男性声優二人が三つの立場を演じ分ける様子に、声優という専門職の凄さを実感した。
そして主人公「僕」を演じた島﨑信長。周囲に対して閉じている「僕」は、声も硬く、目線は本に落としたまま。桜良との会話でも視線や体が彼女のほうを向くことはなく、会話にもリズムがない。桜良は序盤から「僕」へと体全体を向け、言葉にも弾むような感触があるだけに、その無味乾燥さが際立って見える。しかし物語が進むにつれて会話にはリズムが生まれ、体は徐々に彼女へと向いていく。軽口を叩きあう中で、声にも感情が滲み出ていくのだ。例えば「黙れ馬鹿」なんて他愛ないツッコミが妙に生き生きとしていて、その油断した感じと彼の変化が微笑ましい。
もうひとつ、特筆したいことがある。本作のクライマックスは「僕」が感情を爆発させるシーンだが、島﨑の芝居は、爆発そのものとは違うところにもっとも重点を置いていたように思う。それは、いわゆるクライマックスの直後。桜良によって人と関わる喜びを知った彼が、他者へと初めて一歩を踏み出すシーンだ。かつては下を向いてばかりだった彼が前を見て、必死に人と向き合おうとする。覚悟を決めたような語り出しや、自信なくしぼむ語尾から、「僕」が勇気を振り絞っていることが感じられる。それはまさしく、一人の人間が成長する瞬間。島﨑の芝居からは、自分の手で未来を拓く、その眩しい輝きが伝わってきた。
抑制された演出手法や、一人のキャラクターを二人で成立させる構成など、朗読劇への挑戦意欲が現れていた今回の公演。シンプルであるからこそ、キャストそれぞれが本作をどう読み解き、何を表現しようと考えたのかということが明確に伝わる、非常に興味深い朗読劇となっていた。
朗読劇『君の膵臓をたべたい』は、12月11日(日)の昼公演(岡本信彦、直田姫奈、古賀葵、伊東健人)・夜公演(島﨑信長、悠木碧、原紗友里、中島ヨシキ)がローチケLIVE STREAMINGにてアーカイブ配信中(12月14日(水)23時59分まで)。
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《公演概要》
朗読劇『君の膵臓をたべたい』
【チケット情報】
12月11日(日)の2公演がローチケLIVE STREAMING にてアーカイブ配信中!
配信日時:12月11日(土)12:30公演/17:00公演
※各公演3日間のアーカイブ配信あり
※11日は昼公演が岡本主演回、夜公演が島﨑主演回となります。
配信販売期間:2022年11月28日(月)12:00~12月14日(水)21:00
配信チケット販売ページ:https://l-tike.zaiko.io/e/kimisui-reading
【公演日時】
12月10日(土) <昼の部>12:30開演 <夜の部>18:30
12月11日(日) <昼の部>12:30開演 <夜の部>17:00
【会場】
ニッショーホール(東京都港区東新橋1-1-19ヤクルト本社ビル)
【出演者】
<12月10日・昼公演>島﨑信長 悠木 碧 原紗友里 中島ヨシキ
<12月10日・夜公演>岡本信彦 直田姫奈 古賀 葵 伊東健人
<12月11日・昼公演>岡本信彦 直田姫奈 古賀 葵 伊東健人
<12月11日・夜公演>島﨑信長 悠木 碧 原紗友里 中島ヨシキ
【スタッフ】
原作:住野よる「君の膵臓をたべたい」(双葉社刊)
脚本・演出:保科由里子
音楽:阿部篤志
照明:加島茜
映像:垣内宏太
音響:小川陽平
衣裳:ゴウダアツコ
演出助手:大下沙織
舞台監督:今井東彦 渡辺隆
宣伝美術:古谷哲史
制作:MAパブリッシング
主催:朗読劇『君の膵臓をたべたい』製作委員会
【朗読劇「君の膵臓をたべたい」公式サイト】https://www.kimisui-reading.com/
【朗読劇「君の膵臓をたべたい」Twitterアカウント】@kimisui_reading
©朗読劇『君の膵臓をたべたい』製作委員会