■読んだ後に誰かに話したくなる小説の「効能」

ーーそれでは、売れるミステリーの条件とはなんだと思いますか? まずは書店に直接関わる内田さん、宇田川さんからお願いします。

内田氏 私が関わってきた本屋大賞で明らかに売れたのは、湊かなえさんの『告白』ですね。ここからイヤミス(読後にイヤな気持ちになるミステリー)ブームが巻き起こりました。読者の中には、読んでいてスカッとするから、死に方が残忍であればあるほどいいという人もいるほどです。
 つまりは「効能」がハッキリしている本がこのところ売れる傾向にあると思っています。イヤミスもそうですが、笑えるミステリーや泣けるミステリーのように、“この本を読んだらこういう気持ちになるよ”ということが分かる作品が目立つようになっています。
 また東川篤哉さんの『謎解きはディナーのあとで』では、これまでのミステリー作品にはなかなかなかった「ジャケ買い」がはやりました。映えるビジュアルの大切さを感じたトピックスでした。そういう意味では『変な絵』も、つい足を止めてしまう魅力がありますよね。強烈なキャッチーさが、書店も積極的に展開したくなる理由だと思います。

宇田川氏 「効能」というのはおっしゃる通りですね。それと、ここまでの話で出たように「誰かに話したくてたまらなくなる」「誰かに話さずにはいられなくなる」といった要素がひとつでもあるものが売れると思います。トリックなのか、キャラクターなのか、それはいろいろあると思いますが、売れる本というのは読んだ後に「ちょっと聞いてくれない?」って誰かに言いたくなるんですよね。

雨穴氏 お二人の話を伺っていて、書店員の皆様に愛されて目をかけてもらえる本であることが大切だとあらためて感じました。物づくりをしていくうえで、お客様だけでなく店員にも愛されるものを作っていきたいです。

宇田川氏 すでに愛されていますよ(笑)。『変な絵』は小説の読者とコミックの読者の中間に注目されている新しい形の作品だと思います。また、本のビジュアルや雨穴さんご本人のキャラクターの個性の強さもあり、これまでにないことをしているなと感じます。

ーー昨今では書店へ直接足を運ぶ人が減り、どんどん業界が衰退していくことを憂う声もあります。人々が書店に通うきっかけ作りとして、どういったことがあればいいと思いますか?

雨穴氏 そうですね。先日、私のウェブライターの先輩である「オモコロ」の「みくのしん」さんと「かまど」さんが書いた「本を読んだことがない32歳が初めて『走れメロス』を読む日」という記事がバズったんです。
 みくのしんさんは本当に読書嫌いな方で、「本を読んだことがない」というのも決して誇張ではないんですが、そんな方が『走れメロス』を友だちのサポートを受けながら少しずつ読み進めていくと、すごく感動して泣いてしまったと。それが多くの人に共感されて、「自分も本が読めなかったけど、この人と一緒に読んでみたらとても感動した」「この記事で太宰治の面白さが分かった」という声が多く寄せられたんですね。
 古典文学はコンテンツとして価値があるけど、その読み方が分からないという人はかなり多いと思うんです。たとえばスルメは噛んだらおいしいけど、そもそも噛む歯の力がない人は味わえないというようなもの。実際、私も読書が苦手で、古典文学の面白さはほとんど理解できません。

 でも、この記事のような、本を読むための「補助輪」があると、私のような人間でも文学を楽しめるのではないか、と少し希望を感じています。

 ウェブ媒体だけでなく「補助輪」を書店から提供することができれば、本の未来は豊かになるのではないでしょうか。あと、書店はもっと俗っぽくなってもいいと思います。たとえば「本一冊お買い上げごとにキッチンペーパー1個プレゼント」とか「古典文学、袋詰め放題セール」とか。「きわどいエロシーンが出てくる小説フェア」とかも見てみたいです。

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 覆面ホラー作家の謎に包まれた素顔に近づくつもりが、ますますミステリアスな一面を多く感じることとなった今回の鼎談企画。しかし、漫画作品に多く影響を受けるなど、少し親近感を感じる面もかいま見えた。深淵を覗き見るようなドキドキ感でぜひ『変な絵』を読んでみてはいかがだろうか。

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