32万部超え『変な絵』で出版界が騒然…謎の覆面作家・雨穴氏が書店員と語る「極上ミステリー」の魅力の画像
雨穴氏
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 YouTuberとしての顔も持ち、全身黒タイツに真っ白いお面をかぶった不気味なスタイルが話題となっている小説家・雨穴(うけつ)氏。10月20日に発売された新作小説『変な絵』(双葉社)は、各書店の売上ランキングで1位を獲得し、早くも32万部を突破する大ベストセラーに。すでに数か国からの翻訳出版のオファーも殺到しているという。さらには、自身で作詞・作曲・歌唱を行った、小説とリンクする音楽動画を公開し話題沸騰。12月10日には『マツコ会議』にも出演するなど、雨穴氏が2022年で最も出版界を賑わせた作家のひとりであることは間違いないだろう。

 普段の動画ではボイスチェンジャーを使用しており、本名や国籍や性別などその素性はいっさい謎。担当編集者とは、zoomでの打ち合わせの際も画面はいつもオフの状態だそうだが、大の「ミステリー好き」なのだとか。そこで今回は、そんな新進気鋭の小説家・雨穴氏をゲストに招き、本屋大賞理事を務めるブックジャーナリストの内田剛氏と、千葉県・ときわ書房本店の宇田川拓也氏とともに「極上のミステリー」について語ってもらった。なお今回の鼎談もzoomで行ったが、雨穴氏の画面は真っ暗なままだった。

ーー本日はお集まりいただきありがとうございます。さっそくですが、「ミステリー」の魅力はどういったところにあると思いますか?

雨穴氏 私は子どもの頃からあまり本を読んでこなかったのですが、横溝正史や江戸川乱歩などにハマりいろいろなミステリー作品に触れてきました。そんな私が思うに、ミステリーの良さとして「怖がりのためのホラー」という側面があると言えます。たとえば幽霊が出てくるホラーは、そもそも怖いものが苦手という人にとっては受けつけられないものです。一方で、ミステリー作品では残酷描写こそあれ、その謎が必ずロジックで解明される。最後には怖くないようにして終わるという流れがあるので、そういう意味で“生活に支障をきたさないレベル”でスリルが味わえるところが魅力だと思っております。

ときわ書房・宇田川氏 文芸書や文庫の仕入れを担当しながら、ミステリー好き書店員としてレビューを書かせていただいたりしているのですが、ミステリーの魅力は「絵柄が変わる瞬間」にあると思っています。序盤のほうに頭の中で「こういう展開だろう」と全体の絵柄を想像しながら読んでいたところから、中盤に明かされる情報や仕掛けによって「そんな真相だったんだ」と“ガラリ”と変わる瞬間が何よりも好きなんですね。そういうポイントに出会うことが、ミステリー好きの喜びです。

ーー『変な絵』にも「絵柄が変わる(見方が変わる)」瞬間があったと思います。本作の魅力はどんなところだと思いますか?

ブックジャーナリスト・内田氏 まず、仕掛けが面白い! 全てを読み終わった後に「ここはこういうことだったのか」ともう1回始めから読みたくなります。そして、内容について友人同士で「どう思う?」と考察したくなる。この自分の中だけで止まらないような、中毒性と感染性があるんですよね。

ーー​​今回の『変な絵』は、何かがおかしい9枚の奇妙な絵に秘められた謎を紐解くスケッチ・ミステリー。とあるブログに投稿された「風に立つ女の絵」、消えた男児が描いた「灰色に塗りつぶされたマンションの絵」、山奥で見つかった遺体が残した「震えた線で描かれた山並みの絵」などが何を意味するのかというストーリーです。

宇田川氏 やはり、描かれた絵の「謎」としての魅力がまず目を引きますよね。それらのエピソードを読み進めるうちに話が繋がって全体像が見えてくるんですが、話が繋がる中でどうしてもある一点が見えそうで見えない……というところがいいんです。特に、ミステリー好きとしては第3章の「美術教師 最期の絵」の密度、濃度に驚きました。推理、謎解き、あとは返し技、恐ろしさの余韻というか……この作品のもっとも重要な章だと感じました。

雨穴氏 ありがとうございます。これはある美術教師の惨殺事件にまつわる章なのですが、警察もののサスペンスの雰囲気を学ぶために、横山秀夫さんの小説などを読んで大変勉強させていただきました。また、江戸川乱歩の作品の中で一番好きなのは『孤島の鬼』。こちらは前作『変な家』を書く際に影響を受けた作品でもあります。

宇田川氏 おお! 確かに言われてみると2つとも合点がいくところがありますね。これは書店員としてはありがたい情報です。

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