■衝撃を受けたミステリー作品のトリック

ーーそれでは、これまで読んだ中で衝撃的だったトリックのある作品を教えてください。

内田氏 ミステリーはいろいろなことを内包したジャンルですが、紙でしか楽しめないトリックのある本が好きなんです。たとえば泡坂妻夫さんの『生者と死者 -酩探偵ヨギガンジーの透視術』には衝撃を受けました。これは袋とじのまま読むと短編小説になっているのですが、それを開いて頭から読むとひとつの繋がった長編小説になるという本です。立ち読みができない、そして一度しか味わえないという面白さがあります。電子書籍が主力に変わりつつあるこんな時代だからこそ、紙の本だからこそ味わえる仕掛けのあるものはいいですね。今回の『変な絵』も紙ならではという場面がたくさんあります。第1章のトリックなんかはまさにそうですよね。

宇田川氏 『生者と死者』が出たときはまだ学生だったんですが、この本をレジに持っていったときに店員さんに「あ、これ乱丁なんで交換します」って言われて(笑)。急いで「そういう本なので大丈夫です!」って逆に私が説明するという具合で。

内田氏 それぐらい衝撃的な仕掛けだったんですよね(笑)。まさに伝説級です。

雨穴氏 私は、漫画『DEATH NOTE』で、主人公・夜神月が探偵・Lと闘うために実行したトリックの数々です。作品作りにおいて、いいトリックを思いついたとしても「この人物がトリックを使う必然性があるのか」「普通に殺したほうが見つかる可能性が低いんじゃないか」という問題が出てくることがあります。小説はそこにリアリティを盛り込むのが非常に難しいのですが、漫画では絵でキャラクター性を見せることができるため、行動の動機やトリックを使う必然性についても「この人はこういうキャラだから」ということで成立するように思うんです。夜神月は見栄っ張りで頭の良さをアピールしたいキャラなので、仮に「これ、やる必要あるか?」と読者が思ってしまうようなトリックでも「いや、彼はやるんだ」という必然性が生まれるんですね。漫画というフォーマットはミステリーにも適していると思います。

ーー今回『変な絵』でも作中に91枚のイラストなどが挿入されているんですが、漫画的表現に影響を受けた部分は大きいですか?

雨穴氏 そうですね。もともと横溝や乱歩を知る以前に、『名探偵コナン』のアニメを見てミステリーの面白さを知ったんです。はじめはトリックやロジカルな部分よりも、とにかく怖い描写や魅力的な登場人物たちに惹かれまして、そこから徐々に物語の筋書きやミステリに興味を持ち小説も読み漁るようになりました。他にも漫画では『Q.E.D. 証明終了』の「人間花火」などのエピソードが好きです。

ーー最近の小説ではどうでしょうか?

雨穴氏 小説の構成の勉強として、浅倉秋成さんの『六人の嘘つきな大学生』を読み返しました。この本を読みながらノートに展開をメモしてみると、構成がページ数ごとに均等に作られていることが分かったんです。同時に、物語を読み進めるための推進力となる「謎」が変化しながらも、常に2~3個維持されている、という点にも驚きました。

 たとえば「密室殺人が起きた」というシーンからはじまる推理小説があったとすると、その時点で「どうやって密室を作ったのか」「犯人は誰なのか」という2つの謎が生まれます。読者はこの2つの謎の真相が知りたくてページをめくるわけですが、少なくとも現代においては、推進力をたった数個の謎だけに依存するのは危険だと思います。読者はミステリーを読みなれていますし、現代人には小説以外にもたくさんの娯楽がありますから。

 その点、『六人の嘘つきな大学生』は、一つの謎が解決されたと思ったら、また別の謎が出てくる、というように、謎が数十ページごとに変化しながら、常に2~3個の謎がキープされています。これより少ないと飽きてしまいますし、これより多いと、読者が全体像を把握できなくなる危険がありますから、本当にちょうどいいバランスだと思います。
 ぜひ参考にしようと思って私も小説を書く前に、全体の設計図を描いてみましたが、全然活用できませんでした。難しいですね。

宇田川氏 『六人の嘘つきな大学生』は売りに売りまくりましたね。浅倉さんは「伏線の狙撃手」という異名通り、伏線づかいが素晴らしいんですよね。展開の面白さもそうですが、最後にあるメッセージが読者に提示されるんです。就活中で面接が怖いと思っている人には、ぜひ読んでとおすすめしています。私どもと同じ千葉県の作家さんということもありますし!

内田氏 浅倉さんはもともと力のある作家ですが、『6人の嘘つきな大学生』で一気にブレイクしましたね。今年発売された『俺ではない炎上』も大変評価が高く、これからの活躍が楽しみな方です。
 あと今年の作品では夕木春央さんの『方舟』の衝撃がすごかった。さきほど宇田川さんが「景色が変わること」がいいミステリー作品の条件だとお話しされていましたが、『方舟』はその最たる例で、ラストに見えていた景色が真逆になってしまうんです。読んだ人は誰かに話したくてウズウズしていたと思います。

宇田川氏 悪魔の笑い声が最後にこだまして終わるような、後味の悪さが最高の作品でした。

雨穴氏 まだ読めていなかったので、ぜひすぐに買ってみようと思います。

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