■許せなくも切ない妖怪『うしおととら』の「さとり」

「悪行」は許されない。たとえどんな理由があろうともだ。それを中学生ながら分かっているのが、藤田和日郎氏による『うしおととら』(小学館)の主人公・蒼月潮(以下、うしお)だ。

 本作に登場する心が読める妖怪といえば「さとり」だろう。このさとりは飛行機事故で孤独となった少年ミノルを偶然助ける。ミノルは事故によるケガで視力が低下しており、ほとんど見えなくなっていた。しばらく二人は一緒にいたが、ミノルが目を痛がり過ぎるので、さとりは人間のもとへと彼を返した。

 このエピソードはとにかく悲しい……。事故で死んだミノルの父はひどい親だったらしいが、ミノルは目があまり見えない状態だったので、優しいさとりを父親と勘違いしていた。さとりはミノルへ目の変わりを用意しようと、なんとほかの人間を殺して目を奪っていたのだ。

 もちろんそれはダメなことなのだが、妖怪にとって人間の世界のことは分からない。それは「とら」を見ているとよく分かる。

 うしおはさとりを退治しようとするが、心を読めてしまうさとりには攻撃が通じない。というより、さとりのミノルに対する気持ちに悪意がないので、うしおはさとりをどうしたらいいのか分からなくなってしまう。

 最終的にだれも幸せにならない結末で終わったこのエピソード。たくさんの人間を殺したさとりだが、さとりがいなかったらミノルは助からなかっただろう。うしおもそのことは十分承知で、さとりとの闘いの後でついウソをついてしまうのだ。

 さとりは、ミノルの目が見えるようになったら「そしたらよ……オレを見てよ…」「お父さん…なんて…いって…くれるかなァ?」とうしおに問いかける。すると、「あったりまえだろ!」とうしおは優しい表情で答えていた。ウソが大嫌いなうしおだが、最後、麻子に泣きついてしまうシーンはとにかく切なかった。

 

 “心が読める”というのは、決していいことばかりではない。つい憧れてしまう能力だが、ときに漫画では悲しい結末を迎えてしまうこともある。いや、逆に心が読めないからこそ、相手を思いやる心が生まれるのかもしれない。漫画というのは、いつも何かを気付かせてくれるものだと思う。

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