■『きりひと賛歌』犬のような姿「モンモウ病」以上のトラウマとなった「人間テンプラ」

 1970年から『ビッグコミック』で連載されていた『きりひと賛歌』は、前述した『ブラック・ジャック』と同じく医療をテーマとしながらも、権力闘争や派閥を中心に描かれた社会派作品だ。

 青年医師・小山内桐人(おさない きりひと)は、とある地方の奇病「モンモウ病」を調べるうちに自身も罹患してしまう。「モンモウ病」とは犬のような風貌となり、発病すると1か月以内に死んでしまう難病であった。ヤクザに囚われた桐人は台湾の富豪に見世物として売られてしまい、その後さまざまな苦難を負うこととなる。

『火の鳥』でも見目良い青年が犬の頭を顔に縫いつけられて苦しむエピソードがあったが、本作はそこに命のタイムリミットや医師としての葛藤も描かれ、桐人がいくら足掻いても救われないのが読んでいて辛い作品だ。

 また、大富豪に雇われていた麗花は「人間テンプラ」という芸をしていたのだが、これが多くの読者にトラウマを植えつけたと言っても過言ではない。その芸とは、天ぷらの衣で身体を包んだ麗花が煮えたぎった油が入った巨大な鍋に飛び込み、文字通り「テンプラ」のように揚げられ生還するというもの。作中で麗花も語っていたが、この芸はタイミングを失敗すると大火傷を負ってしまい、運が悪ければ死んでしまうほど危険なものであった。

 その後、桐人のために金を稼ごうとした麗花はこの芸を行うが、事故で油から引き上げてもらえず黒コゲとなって死んでしまうのがさらなるトラウマとなっている。

 他にも、イモムシにされた主人公が成虫となり復讐を果たす『ザムザ復活』、鳥たちが「聖なる砂」を浴びることでミュータント化する『聖なる広場の物語』など、手塚作品には過酷な運命を背負う者が多い。そのため、「そもそも全ての作品が真っ黒だ」と語るファンもいるくらいだ。

 だが、ほとんどの登場人物はどんな運命であっても必死に足掻き、それゆえ私たち読者は「トラウマ」などさまざまな形で心を揺さぶられるのかもしれない。

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