板垣恵介氏が『週刊少年チャンピオン』(秋田書店)にて好評連載中の「刃牙シリーズ」。『グラップラー刃牙』『バキ』『範馬刃牙』『刃牙道』『バキ道』と続く長編シリーズで、コミックスの総数は外伝まで含めると140巻をゆうに超えています。同シリーズは、主人公・範馬刃牙を中心に描かれた格闘マンガ。シリアスかつアツいバトルの連続で多くのファンを魅了してきました。
作者の板垣氏はそんな真剣勝負を描きながら、読者が思わずクスっと笑ってしまうような、過剰とも思える表現を盛りこむのが実に巧み。過去の板垣氏のインタビューでは、ネット上で刃牙シリーズが「格闘技漫画の名を借りたギャグ漫画」などと言われているのを知っていることを明かし、ギャグとして狙っているのではなく「狙わない方がいい」「“笑わせよう”じゃなくて笑われた方が勝ちだと思う」などとコメントされています。
そこで今回は、長きにわたる刃牙シリーズの中で、個人的にクスッとくる面白さを感じた独特の言い回しや、ユニークなやりとりの場面を厳選してご紹介したいと思います。
■国家も注視する親子ディナーで飛び出した珍問答
地上最強の生物と呼ばれる範馬勇次郎と、その息子・範馬刃牙。その2人による“史上最強の親子喧嘩”に至るまでの道のりが描かれたのが『範馬刃牙』という作品です。
勇次郎が持つ武力は大国アメリカですら媚びを売るほど。その勇次郎と刃牙がまもなく激突する……という状況に、日本も自衛隊まで動員して厳戒態勢で見守っていました。
ある日、父親の勇次郎からホテルディナーに招待された刃牙。ふつうの親子であればごく自然なシチュエーションですが、この国家すら揺るがす2人が相まみえるとなると一大事です。豪華なシティホテルに招かれた刃牙は、Tシャツに薄汚れたスニーカーというラフな格好。そこに後から現れた父・勇次郎は、しっかり高級そうなジャケットを羽織っていました。
勇次郎は、息子・刃牙の場違いな姿を見て、ホテルでの食事であれば「ジャケットの着用は必然ッッ」といきなり説教を開始。父からマナーがなってないと指摘された刃牙は、「ゴメン…ちゃんと教えられたことなかったし」と当然すぎる反論をします。
それを聞いた勇次郎は、突然「イヤミか貴様ッッ」とホテルを物理的に揺るがすほどの大声を上げました。
このシーン、『グラップラー刃牙』の時代から読み続けてきた読者なら、刃牙の言っていることが完全に正論だと分かります。勇次郎は幼い頃の刃牙に「強くなる手段」しか教えず、それに刃牙の教育係を任せた母親・江珠の命を奪ったのは当の勇次郎なのです。
そんな理不尽な説教をかました挙げ句、感情的に大声まで上げてしまった勇次郎。刃牙に完全論破されて一触即発の空気が流れますが、唐突に勇次郎は何事もなかったかのようにテーブル席に着くことを促すのです。
刃牙の正論に絶句しながらも、それをおくびにも出さないで完全スルーを決めこむという勇次郎の行動は、何度読んでもニヤニヤしてしまいます。